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創作の小部屋「独居老人のひとり言」第25回

2019年06月01日

 「独居老人のひとり言」第25回

もう今日から6月です。私の家の裏の畑では、トマト(大玉・中玉・ミニ)・ナス・キューリ・瓜・かぼちゃ・スイカ(黒いスイカ・大玉・小玉)・メロンなどの苗が育っています。家庭菜園は、肥料代や水かけそれに草取りなどを考えると買った方が却って安上がりなのです。

ですが、成長が楽しみなのです。朝と夕方は必ず苗を1本づつ見て回ります。それは、毛虫などが葉を食べている時もありますし、葉が病気になっている時もあるからです。その時は虫を捕ったり、薬を散布したりします。収穫の時は、嬉しくてつい見とれてしまいます。

さて、「独居老人のひとり言」も今日で25回になります。初めの予想と違い、長くなりました。最終章までは、あと数回は掛かると思います。平成に生きる高齢者の姿を書き始めたつもりでしたが、物語は意外な方向に進んでしまいました。今回はストーリーが浮かばず、今朝やっと4時過ぎから書き始めることが出来ました。

  「独居老人のひとり言」第25回

第24章 二人だけの夕食

第1回目の「なのはな会」後の反省会で、第2回目は4月の25日と決めてあった。「高齢者のための季節の献立集」の春の献立表第4週目の25日は、「カジキの鍋照り焼き」と「わかめとキャベツのからし和え」の二品だった。

昨日、大川さんから私に電話が入った。第2回目の「なのはな会」の試作は大川さんと加藤さんとで話し合い、加藤さんが一人で行う筈であったが、講演やその他の用事が続いたため、大川さんに代わって欲しいという連絡があったとのこと。大川さんの要件は、明日試作をしたいが、私の家で作らせて貰っても良いかということだった。

私は「作り方を見せて貰えるので、私にも都合が良いですね。」と返事をすると、大川さんは食材をスーパーで買った後、11時頃に伺いますと言った。

次の日、大川さんは約束通りの時間にやって来た。今日は3人分を作るという。大川さんと私と、それに大川さんの息子さんの分だった。それなので、作り終わったらすぐ帰るという。感想は、電話で知らせて欲しいとのこと。

大川さんは、調理師の資格を持っているだけのことはある。手際が良いのである。ボールに酒・醤油・みりん・砂糖を適量入れて煮汁を作る。終えるとすかさずフライパンに油を大さじ半分注ぎ、熱するとメカジキを入れた。見た目の良い焼き加減で、カジキを返した。時期を見て煮汁を入れた。私でも出来そうであった。わかめとキャベツのからし和えも、素早く作り終えた。からしはチューブに入ったものを4㎝位醤油で溶かした。

次回の「なのはな会」の献立の試作は、大川さんの手に掛かるとあっという間に出来上がってしまった。大川さんは、自宅から食器を持って来ていて、3人分を平等に分けながら言った。

「厚かましくお邪魔してすみませんでした。でも、料理って意外と簡単でしょ?小松さんに少しでも、調味料の合わせ方など見て、覚えて貰えたらと思って」

大川さんは時計を見た。フライパンやその他の食器は私が洗うことにして、大川さんには温かい内に息子さんに食べて貰うため、急いで帰ってもらうことにした。玄関を出る前に、私は大川さんを抱きしめて唇を合わせた。大川さんは、私の背中に腕を回した。

あくる日の夕方、私の携帯電話の音が鳴った。大川さんからであった。息子の夕飯の用意も済んだので、今から伺っても良いかと言う。私は何事かと一瞬緊張したが、大川さんの声は弾んでいるようにも聞こえた。

私が夕食の献立を何にしようかと、冷蔵庫の中を物色した。豆腐と納豆、ウインナソーセージ・ハムの薄切り・卵などが入っていた。野菜室には、ネギ・きゅーり・ミニトマト・人参・キャベツ・シイタケが入っていた。冷凍庫の中には、鮭・コロッケ・ハンバーグ・さんま等が入っていた。

私が思案していると、玄関のベルが鳴った。普段着で玄関に立つ大川さんは、いつもの大川さんで私は安心した。

今から、夕飯の支度をするのだけれど、何を作ったら良いか分からなくて困っていると話すと、大川さんは「冷蔵庫の中を見せて頂いていいですか?」と言い冷蔵庫の中を見渡した。少し考えてから、大川さんは「ちょっとスーパーに行って来ます。すぐ戻りますから」と言って車で出掛けてしまった。

大川さんが帰って来るまでの時間はたぶん20分位だったと思うが、私には長く感じられて何をしていいのか分からず、ソファーに座り足を組んで待つしかなかった。

「ただいま!」

大川さんの声が聞こえたときは、嬉しくて玄関に走った。いつものスーパーのビニール袋を下げ、大川さんは息を切らせて入ってきた。さっそく台所に行き、袋から取り出したものは、カニカマ・片栗粉・和風ドレッシング・オリーブオイルなどであった。大川さんは、何かのメニューを考えて足りないものを買って来てくれたようだった。

「何の料理を作るつもりですか?」

私は、期待を込めて質問した。大川さんは、「豆腐にふんわり卵あんかけと温野菜サラダを作ります」と言って、溶き卵を作り、それからカニカマを指でほぐした。豆腐は半分に切った。鍋に水を入れ沸騰させ溶いた片栗粉を入れとろみをつけた。動きに無駄がなく、15分位で「豆腐にふんわり卵あんかけ」は完成した。その後に、床下のじゃがいもや冷蔵庫のキャベツとニンジンを使い、やはり15分位で「温野菜サラダ」も完成した。

今日の夕飯は、いつもの「孤食」ではなく「嬉食」だった。私が愛した妻の面影を宿した大川さんとの食事は、まるで妻が元気だった頃に戻ったかのような錯覚に陥った。そのことに多少引け目を感じながらも、今の私は大川さんに心を奪われていた。

初めての大川さんとの二人だけの夕食は決して豪華ではなかったけれど、私には至福の時間だった。ソファーに体を沈めた大川さんを制して、私はコーヒーを入れに台所に向った。いつものインスタントのものではあったけれど、二人で飲むブラックコーヒーは、いつにも増して美味しく感じられた。

私は、向かいの席から大川さんの隣に席を移した。大川さんは、とても落ち着いた雰囲気で、食後の余韻を楽しんでいるかのようだった。私が隣に座ってもさも美味しそうにコーヒーを口に運んでいた。

大川さんがコーヒーカップをテーブルに置いた瞬間、私は、またふいに大川さんを抱きしめた。大川さんはうろたえることもなく、その体を私に委ねたかのように静かに目を閉じた。私は、彼女の唇の感触を楽しみながら、これで良いのだろうかと不思議に冷静だった。         つづく

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