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創作の小部屋「独居老人のひとり言」第27回

2019年06月09日

 「独居老人のひとり言」第27回

「独居老人のひとり言」は、今回で27回になります。高齢者の貧困や生きがいの問題、派遣社員の貧困や疎外感、また若い人から中高年者の引きこもりの問題。平成から令和になってからもこれらの問題は簡単には消えることはないでしょう。もうこの話は終わりにしようと何度も思いながら、まだ終えることが出来ません。申し訳ありませんが、もう少しお付き合い下さいますようお願い致します。

※今回の統計調査の数字は、内閣府から2019年3月に発表されたものです。物語は5年前の話ですがご容赦下さい。またNPO法人「楽の会リーラ」様から一部記事を転載させて頂きました。 

  「独居老人のひとり言」第27回

第26章 引きこもりの現状

私と大川さんの想いが重なり、二人の生きる方向が見えてきた。しかし、今二人の前には乗り越えなければならない大きな壁が立ちはだかっている。

私は引きこもりについてネットで調べてみることにした。

内閣府では、自室や家からほとんど出ない状態に加え、趣味の用事や近所のコンビニ以外に外出しない状態が6カ月以上続く場合を引きこもりと定義している。その定義に基づいた調査結果によると、15~39歳が推計54万1千人、40~64歳が推計61万3千人もいるらしい。

不登校と同様、若年層のイメージが強い「ひきこもり」だが、中高年の方がこれ程とは驚きの数字である。この中高年の引きこもりには、2000年前後の就職氷河期も大いに関係しているらしい。

年齢層によって、その原因に相違があるようだが、きっかけとして大きいのはいじめなどによる「不登校」や人間関係による「退職」。そして「就活の失敗」また病気などで、一つだけでなく様々な要因が絡んでいるらしい。原因を突き止めることより、今いるところからどのようにしたら良い方向に進むことができるか、個々に応じた対応方法を見極めることが大切とのこと。

私の住む茨城県においては、県内の保健所内に「ひきこもり相談窓口」があり保健師が相談に乗ってくれ、また適切な関係機関への仲介などの支援もしてくれるらしい。

また、ひきこもりの親の会をベースに設立された「引きこもり支援NPO法人」もあった。この会は、賛助個人会員や法人の寄付金により運営されているらしく、かなり厳しい台所事情のようだった。とても運営者の良心が感じられ好感を抱いたが、残念ながら地域限定とのことなので、大川さん親子は対象にならなかった。

民間にも、引きこもりの「自立支援」あるいは「自立援助」を謳った施設が沢山あることも知った。こうした施設を利用して、社会に巣立っていく元引きこもりの方も大勢いることだろう。しかし、施設の入所費用はたいがい高額だ。中には、引きこもりの弱者に寄り添うはずの“自立支援施設”が金儲けのビジネスと化し、とてつもない金額の請求などのトラブルも増えているという。

私は大川さんを夕食に誘った。その日の献立は、春の献立表第3週目15日の献立を敢えて選んだ。その献立は「豚肉と野菜のしょうが炒め」と「冷やっこ」だった。今日は、まだ春なのに30度近くにも気温が上がった。冷やっこが美味しいと思ったし、それにこの献立なら私にも簡単だ。

大川さんは、息子さんの食事を用意してから来るという。6時半ごろ玄関のチャイムが鳴った。私はキャベツを刻む手を止めて、急いで玄関のカギを開けた。そこには、飛び切り笑顔の大川さんの姿があった。

「今日は、私が夕飯を作りますから、ソファーでテレビでも見ていてください。20分もあれば出来上がりますから」

私は、テレビの電源を入れながら、大川さんをソファーに腰を降ろさせた。大川さんは、嬉しそうだった。

私はキャベツを刻み終えると、ニンジンを短冊切りにし、次にピーマンの種を取って細切りにした。それから冷蔵庫から豚のこま切れを取り出し、小麦粉をまぶして揉んだ。私は自信があった。お昼にネットで調べた通りに作っているだけだったからだ。

「ずいぶん、お料理じょうずになりましたね」

いつの間にか私の後ろに大川さんが立っていた。私は、自慢げに小さく咳払いをして、大川さんの輝く瞳を見つめながら言った。

「肉野菜炒めは簡単そうですが、適当に作ると歯ごたえが悪くなるので、いろいろ大変なんですよ。野菜は切るときに食物繊維を壊さないようにしないといけないし、それに火の加減も大切なんです」

私よりもずっと料理上手な大川さんに講釈を垂れた。大川さんはニコニコしながら、それは大変ですねと言いながら、食器棚から茶碗や皿を取り出してくれた。私が最後の合わせ調味料をフライパンに入れるころ、大川さんは素早くボールに醤油と砂糖そして酢を入れて混ぜ合わせた。それから生姜とにんにくをみじん切りにし、またニラの葉を刻んで、それらをボールに入れ更に混ぜ合わせた。冷やっこのタレはあっという間に完成した。

大川さんにソファーで待っていてと言いながら、結局は手伝って貰ってしまった。今回は、大川さんにかっこいい所を見せたかったのだけれど。

大川さんは、「豚肉と野菜のしょうが炒め」が美味しいと何度も言いながら、大盛りの皿を空にした。私は嬉しかった。自分のためだけではない食事を作り、喜んで食べてくれる人がいる。そのことが嬉しくて大川さんの顔がぼやけて見えた。独りの、ただ生きるためだけの食事とは天国と地獄の差があった。

食後は、少し贅沢だったけれど、大粒の「とちおとめ」を二人で食べた。甘かった。自分一人なら絶対買わない。でも、大川さんの笑顔が見たくてつい奮発した。

もう午後8時を過ぎている。私は、そろそろ本題に入らなければと姿勢を正した。

「大川さん、今日はとても嬉しかった。二人で食べる夕食は本当に美味しかった!」

一呼吸おいて更に続けた。

「引きこもりについて少し調べてみました。引きこもりの支援は保健所やNPOなどがしてくれているようです。民間にも、宿泊しながらの社会復帰を目指す施設があるようです。

引きこもりの人への対応は、それぞれの事情などにより違うみたいで、私にはどうすれば良いのか見当もつきません。支援してくれる機関やNPOを視野に入れ、快復に向けて、息子さんや大川さんができることから少しずつ始め、信じ、待ちながら『あせらず、あきらめず』の精神で、これから頑張って行きましょう!私も、そのために力を尽くします」

私はつい言葉に力が入ってしまった。最近の二人だけの時の大川さんは泣き虫だ。また涙を流しながら、私にしがみついた。                           つづく

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