課題テーマに挑戦「鳥海山」第17回
2017年10月22日
課題テーマに挑戦「鳥海山」第17回
今回で課題テーマに挑戦「鳥海山」も17回目に入ります。「鳥海山物語」もいよいよ佳境に入って行きます。皆さんは、この後どういう展開になると予想されますか?推理小説ではありませんが、皆さんに先を読まれてしまっては、作者としては自らの能力を疑う他ありません。
ところで今日は、「第48回衆議院選挙」の投開票日です。今、22日の午前9時を少し回ったところです。このアップが終えた後に、投票所に向かいます。今回の選挙は目まぐるしく状況が変わり、私なども一面呆れることもありましたが、このブログは特定の政党を応援するものではありませんので政治の話は終わりにします。
それでは、「鳥海山物語」をお届けいたします。
鳥海山物語
第3章(4回目) 昭和50年8月
御嶽神社にも蝉の鳴き声が響く季節になりました。鳥海山を囲む山並みは、緑が映えてとても美しい風景です。
ふみ子が工場の隅の汚れた休憩室で、麦飯のおにぎりと沢庵でお昼を食べていると、隣に座った同じ下働きのおみねが煤けた急須から湯呑にお茶を注ぎながら話しかけてきました。
「佐々木御殿の長男が、仁賀保にある大きな会社の社長の家に婿入りするって、もっぱらの噂だよ。」
ふみ子は、何の話か一瞬耳を疑いました。あの総一郎が、まさかそういう事態になる筈がない。何かの間違いにちがいないと、ふみ子は何度も心の中で繰り返しました。
「何でも、相手の社長さんには佐々木御殿のご主人が随分と世話になったらしく、一人娘の婿にと頭を下げられたという話だよ。確か息子さんの名前は総一郎さんとか言ったような気がするけど。」
ふみ子は、やはり反対しておけば良かったと思いました。辛い別れをすることは初めから分かっていたのにとふみ子は自分を責め、体中から血の気が引くのを感じました。
おみねは、ふみ子の様子が急に変わったのにも気づかず、おにぎりを頬張りながら瓜の漬物をしきりに勧めました。
「ふみちゃん、そう言えば由美子ちゃんもすっかり綺麗になって、誰か好きな人でもいるんじゃないの?」
仕事を終えて家に帰ったふみ子は、どうしたものかとただ途方に暮れました。この噂が由美子の耳に入った時のことを考えると胸が張り裂けそうな思いでした。
(まだ噂でしかない。本当に決まったことかはまだ分からない。)
ふみ子はそう思うことで、少しでも由美子が悲しむ状況から逃げ出そうとしていた。
その日から数日して、由美子が昼の休憩も取らずにミシンを掛けていると、同僚の美代子が近づいて来て言いました。
「由美ちゃん、昼休みくらい休もうよ。話もしたいし。」
「ごめん、ごめん。専務さんから今日中に仕上げて欲しいって言われたから頑張って終わらせようとしていたの。じゃ、少し休憩しようかな。」
由美子の顔は、とても生きいきとして瞳には何の陰りもなく澄んでいました。誰もが自宅に食事に帰っており、休憩室は二人だけでした。
「由美ちゃん、夕べお母ちゃんが言っていた話なんだけど、何でも同級生の総一郎さん、東京の会社を辞めてお婿さんに行くみたいだって。仁賀保にある大きな工場の社長さんの家に婿入りするみたいなの。何でもお父さんが随分お世話になった社長さんから、どうしても一人娘の婿に来てほしいって土下座をされたらしいの。」
由美子は一瞬眩暈を感じながらも、その話を信じることはありませんでした。あの総一郎が自分に何の相談もなく、婿養子に入るなど考えられませんでした。そんな人ではないことを由美子は知っていました。
数か月前の帰省の折の総一郎は、御嶽神社で由美子に確かに言ったのです。
「由美ちゃん、これから由美ちゃんとは隠しごとは一切しないで何でも話し合おうね。僕の両親は由美ちゃんと一緒になることを反対みたいだけど、僕は絶対由美ちゃんと一緒になるからね。だから、何があってもお互いに信じ合おうね!」
あの時、総一郎はまっすぐ由美子の目を見て、そして由美子の両手を強く握って言ったのです。あの時の総一郎は由美子には尊いほどに輝いて見えました。その総一郎が裏切る筈はない。何かの間違いだ。それだけは由美子は確信を持てました。
何とか仕事を時間内に済ませて帰ってきたけれど、夕飯の支度をしながら由美子はこの先どうしたものかと戸惑うのでした。 つづく