小鳥

ブログ

課題テーマに挑戦「唐津市」第10回

2019年03月16日 new

 課題テーマに挑戦「唐津市」第10回

前回までは、作詞の作成の観点から「唐津市」を見つめておりました。しかし、私の主観に置いて作詞に余り関わりがないという理由で、ユネスコ無形文化財にも登録された「唐津くんち」をご紹介しないのはあまりにも不謹慎ではないかと思われます。

ですので、今回は「唐津くんち」について、ウィキペディアさまからの転載になりますがご紹介させて頂きます。(アイキャッチ画像は、「曳山展示場に展示されている曳山」です)

唐津くんち(からつくんち)は、佐賀県唐津市にある唐津神社の秋季例大祭であり、 また平成27年にユネスコ無形文化遺産にも 登録されたそうです。

概要

乾漆で製作された巨大な曳山(ひきやま)が、笛・太鼓・鐘(かね)の囃子にあわせた曳子(ひきこ)たちの「エンヤ、エンヤ」「ヨイサ、ヨイサ」の掛け声とともに、唐津市内の旧城下町を巡行します。

  唐津駅前に並んだ曳山

祭り期間中の人出は延べ50万人を超える(唐津市の統計による)。昭和33年(1958年)に曳山14台が佐賀県の重要有形民俗文化財に、さらに昭和55年(1980年)には「唐津くんちの曳山行事」が国の重要無形民俗文化財に指定された。豪華な漆の工芸品の曳山は、現代の制作費に換算すると1~2億円に上るといわれている。

始まり

唐津神社の神職を務める戸川家の口碑によると、神輿の御神幸は寛文年間(1661年-1673年)に始まったとされているようです。

唐津くんちの3日間

11月2日 宵曳山(よいやま) 

午後7時30分、火矢を合図に、たくさんの提灯で飾られた1番曳山「赤獅子」が市中心部の大手口を出発。曳山が各町内で巡行に加わって行く。笛・鐘・太鼓で奏でる曳山囃子(やまばやし)に乗せ、法被姿の若者たちが「エンヤー、エンヤー」「ヨイサー、ヨイサー」の掛け声を夜の町に響かせて行く。宵曳山が現在の形になったのは1966年(昭和41年)以降で、それ以前は前夜祭として各町内がもっと遅い時間帯(深夜帯)にバラバラに曳いていた。

11月3日 神幸祭:御旅所神幸(おたびしょ・しんこう)

祭りのクライマックス曳き込み・曳き出しが行われる。午前9時半、御神輿がお旅所へと向かうのを曳山が先導・護衛しながら市内を巡行する。午後12時に現在の御旅所がある砂地のグランドに1番曳山「赤獅子」を先頭に所定の位置に次々と曳き込まれる。見どころは、重さが2トン以上もある曳山の車輪が砂地にめり込むのをものともせず、所定の位置まで一生懸命に曳き込んでいく勇壮さである。なおこの日は神事の為、赤獅子は頭の上に御幣を掲げ神幸路を清めながら進む。

11月4日 翌日祭:町廻り(まちまわり)

祭りの最終日。前日の御旅所神幸を終え各町内に持ち帰られた曳山が再び唐津神社前に集合。午前10時30分、花火を合図に1番曳山から順番に出発。2日の宵山と同じ市内東廻りのコースをゆっくりと進み、午後12時頃にJR唐津駅前に並べられる。午後3時に同駅前通りを出発して市内西廻りのコースを巡行し、最後に曳山展示場内に曳山が納められ唐津くんちの幕が閉じる。

以下「唐津くんち」の曳山14台の画像です。

 

  木綿町の武田信玄の兜

  本町の金獅子

米屋町の酒飲童子と源頼光の兜

  平野町の上杉謙信の兜

  刀町の赤獅子

  中町の青獅子

  大石町の鳳凰丸

  水主町の鯱

   新町の飛龍

  材木町の亀と浦島太郎

  江川町の七宝丸

  呉服町の源義経の兜

  京町の珠取獅子

  魚屋町の鯛

このようにたくさんの曳山が一堂に会するこの「唐津くんち」の壮大さ、祭り期間中の人出が延べ50万人を超えるというのもうなづけるというものです。今回は、ユネスコ無形文化財に登録されている「唐津くんち」をご紹介させて頂きました。そろそろテーマを絞り作詞に入ろうと考えています。

※ 文および画像は、ウィキペディアさまより拝借させて頂きました。

原料香月の作詞の小部屋 お問い合わせ


ブログカテゴリー

月別アーカイブ

ページトップへ