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課題テーマに挑戦「銚子港」第15回

2023年08月30日

 課題テーマに挑戦「銚子港」第15回

季節はもう直ぐ秋だというのに、この暑さは一体何なのでしょうか?

午後の暑い盛りに筑波山に目をやれば、何雲と言うのでしょうか、真っ白な雲が美しく浮かんでいます。また黄金色の稲穂が輝いています。

酷暑が全国を苦しめています。ですが、朝夕、ここつくばでは秋の気配がしています。夕暮れ時から鈴虫でしょうか?爽やかな虫の音が響き渡ります。

夕日に映えた花が近所の庭先に咲いていました。

アイキャッチ画像ですが、夕方の青空に白い雲が暴れているかのように見えました。

  物語 想い出の銚子電鉄外川駅(第8話)  

 【渋谷由香里さんからの誘い】

宮内不動産での初日の仕事は堀越社員の後を付いて回っただけだ。お客さまを現地のアパートまで案内し、建物の中を説明したりしていた。また、管理を任されている空き部屋の様子を見に行ったりした。私は何も分からない。会話にも入れない。でも今日は初日だ。明日から、焦らずに少しずつ覚えて行こうと思う。

堀越社員と共に帰社し終業時間の6時を過ぎると、50代と思える谷口さんが「もう、帰って良いわよ」と言ってくれた。だが、帰ろうとする社員は一人もいなかった。私は皆に聞こえるように挨拶をした。

「今日は、ありがとうございました。明日からも、宜しくお願いいたします」

全員が「お疲れ様でした」と労ってくれた。

会社からアパートに帰る途中に気が付いた。

「そうだ。美咲ちゃんに休みの日の連絡をしなくちゃ!」

恥ずかしい、普通はあり得ない話だと思う。就職してから会社の休日を知るものなどいないと思う。私は叔父に甘えていたのだと思う。給料の支給額も休日も知らずに、今日を迎えたのだった。

叔父の会社だからと、何も聴きもしないでこの不動産会社に飛び込んだのだ。帰社の途中、私の指導係の堀越社員に聞いてみた。

「あのう、堀越さん。今更聞くのは恥ずかしいのですが、宮内不動産の休みの日はいつですか?何曜日なのでしょう?」

この道10数年と言う堀越さんは、仕事のことは何でも知っていそうだった。笑いながら言った。

「宮内君、私もサラリーマンを長年やっているが、就職してから会社の休日を尋ねられたのは君が

初めてだよ!」

半ば呆れられてしまったが、それでも笑いながら教えてくれた。

「水曜日だよ。ただ、水曜日が祝祭日の場合は、木曜日になってしまうけどね。宮内君、どうして休日が水曜日なんだと思う。意味がなく、決まったことでもないんだよ。

私も昔先輩から聞いた話しだが、水曜日の水は『契約が水に流れる』という、謂れのないジンクスがいつの間にか業界に浸透してしまったらしい。この業界も横との繋がりが強いので、各不動産会社も同じに合わせているみたいなんだ」

私が随分変な話だと思って聞いていたのが分かったのだろうか?具体的に話してくれた。

「不動産の会社は、個人のお客様が多い。なので、当然土日は休むわけにはいかない。月曜日は、土日に決定した契約書の作成などの事務作業を早急にしなければならない。場合によっては、火曜日もそのための仕事をする場合もある。木金は、土日のための準備に当てる。結果、必然的に水曜日が休みと言う訳だよ。もちろん平日でも会社が休みの方や、仕事の帰りに寄ってくれるお客様もいるけどね。宮内君、分かってくれたかな?」

「そうなんですね!」

私は、堀越社員の言うことに納得して頷いた。

会社を出てから、スーパーで夕飯などの買い物をし、自宅に着いてから美咲ちゃんに電話を掛けた。

何故か妙に緊張した。呼び出し音が数回して、美咲ちゃんの声が聞こえた。

「もしもし、あら!翔ちゃん!私、今ね、大学の仲間とお茶してるの。ごめんね。また、私から掛けるから、いったん切るね」

私は、ひと言も言葉を発することもなく電話は切られた。こういう切られ方は、嬉しくない。私の電話の趣旨を聴こうともしないで、一方的に遮られた。私は、少し悲しかった。

その晩の9時近くに美咲ちゃんからの電話が鳴った。

「さっきはごめんね。みんなで盛り上がっていたものだから、場の雰囲気を壊してしまうと思って、冷たい対応をしてしまったわ。ごめんなさいね。で、分かったの、会社の休みの日が?」

美咲ちゃんは、すまなそうに私に聴いた。私は、水曜日だと話した。美咲ちゃんは、電話の向こうで予定表でも確認しているのか、沈黙が続いた。と、いきなり明るい声が飛び込んできた。

「翔ちゃん!水曜日だと来週の午後4時に、蒲田駅に着けるわ。どう、翔ちゃん!」

私に問う必要などなかったのだけれど、私も満面の笑みを浮かべて返事をした。

「美咲ちゃん!ありがとう。嬉しいよ。楽しみだよ!」

私と美咲ちゃんは来週の水曜日、6月の1日の日に、東京での初デートをする。少し興奮した私は、近くの酒屋の自動販売機に向かい、缶ビールを買った。私は、まだ未成年だ。

 

翔ちゃんと美咲ちゃんがデートをする前の晩の、美咲ちゃんのアパートを覗いて見ることにする。

美咲ちゃんは、明日、翔ちゃんと久し振りに逢う。何を着て行こうかと、寒気を感じながら選んでいた。突然、ドアをノックする音が聞こえた。

「あら、裕子ちゃん!こんばんは。」

ドアを開けた向こう側に、満面の笑みを浮かべた裕子ちゃんが小鍋を持って立っていた。

「あのね、私これまで料理なんて全然したことなくて、だから何にもできないの。今夜はね、カレーを作ってみたの。あまり美味しくないかも知れないけど、美咲ちゃん、食べてみてくれない?」

料理の勉強だと言いながら、裕子ちゃんは時々こうして夕飯を届けてくれる。

「美咲ちゃん、少し顔色が良くないんじゃない?風邪でも引いたんじゃないの?」

裕子ちゃんは、小鍋を美咲ちゃんの台所のコンロの上に置き、水道の水で手を洗い、ハンカチで手を拭いてから美咲ちゃんの額に手を当てた。

「やっぱり熱があるわ。ちょっと待っていて!今、体温計をもってくるから!」

裕子ちゃんは、急いで出て行ったかと思うと、すぐ戻って来た。美咲ちゃんに体温計を渡すと、心配そうに覗き込んだ。数秒もすると、ピッピーという音と共に38.4℃と体温が表示された。

「美咲ちゃん、駄目よ。寝ていなくちゃ!」

確かに身体が気だるく、悪寒がしていた。

「あの、実は私、明日ある人と蒲田で待ち合わせているの。大丈夫かしら?」

どうしよう、明日は翔ちゃんと東京で初めてのデートだ。約束を破る訳には行かない。風邪を引いたという理由では断る訳には行かない。今夜一晩眠れば大丈夫だろうか。

「美咲ちゃん、明日が美咲ちゃんにとって、とても大切な日だということは、美咲ちゃんの顔を見れば分かるわ。薬を飲んだ方がいいわね。私、つくばから東京に来るときに、母から渡された風邪薬を、今持って来てあげるね」

そう言ってまた裕子ちゃんはまた自室に戻った。美咲ちゃんは、裕子ちゃんの優しさが嬉しかった。裕子ちゃんの風邪薬を飲めば、明日の朝はきっと良くなっているに違いない。

直ぐ風邪薬を持って来てくれたが、裕子ちゃんは少し考えてから言った。

「美咲ちゃん、私がお布団を強いてあげるから横になっていて。熱があるのに、カレーは美味しくないわよね。私、今からお粥を作ってあげる。少し待っていてね」

裕子ちゃんは押し入れから布団を出して敷いてくれ、それから美咲ちゃんの台所からカレーの小鍋を持ってまた出て行った。美咲ちゃんはパジャマに着替えて横になったが、明日のことが心配でならない。翔ちゃんがどれだけ明日を楽しみに、美咲ちゃんを待っていてくれるのかが、手に取るように分かるからだ。

美咲ちゃんが布団の中で悶々としていると、軽くノックをしてお盆を持った裕子ちゃんが入って来た。お盆の上には、可愛い花柄の茶碗と小鉢とが乗せられていた。

美咲ちゃんが起き上がり部屋の隅に置かれた小さな食卓を出すと、裕子ちゃんはその上をふきんで拭いてくれ、お粥の茶碗と小鉢とを置いてくれた。そして、裕子ちゃんは優しい声で言った

「お粥たくさん食べてね。お代わりもあるからね」

美咲ちゃんは、ふいに涙がこぼれた。裕子ちゃんとは、まだ知り合って僅かな時しか経っていない。この優しさはまるで姉のようだ。

「ゆっくり食べてね。この梅干しは水戸の偕楽園で採れた梅で母が作ったものなの。一緒に食べてね。これも、母が送ってくれたの。食欲が無い時に食べなさいって」

裕子ちゃんのお母さんの作った梅干しは、塩梅がちょうど良く肉汁が甘かった。こんなに美味しい梅干しは生まれて初めて食べた気がした。

裕子ちゃんは美咲ちゃんがお粥を食べるのをずっと微笑みながら見ていた。美味しいお粥だった。

「美咲ちゃん、お代わりは?」

私が返事をする間もなく、裕子ちゃんは私が食べたお茶碗を持って、また出て行った。少しして、足早な音と共にドアが開いた。

「今度は、半分だけよそってきたからね」

お代わりのお粥も温かった。裕子ちゃんの心遣いが嬉しかった。裕子ちゃんがいなかったら、そう思ったとたんにまた涙が溢れた。

「ところで、美咲ちゃん!明日は大学を休んで、それから蒲田での待ち合わせも止めた方が良い気がするけど」

美咲ちゃんはドキッとした。裕子ちゃんは、何でもお見通しなのかと思った。

裕子ちゃんは、美咲ちゃんが食べ終わって暫くしてから、コップの水と共に風邪薬を飲ませてくれた。

「美咲ちゃん、明日の朝また様子を見に来るけど、明日の授業と蒲田で人と会うのは止めた方がいいと思うわ。それじゃ、もうお休みなさいね」

裕子ちゃんは、そう言うと静かにドアを閉めながら出て行った。

美咲ちゃんは、明日の蒲田での待ち合わせを延期して貰おうと、携帯電話をバックから取り出した。どう説明しようかと迷い、暫らく両手で持って考えた。やはり、ありのままを伝えようと決心した。

「もしもし、あっ 翔ちゃん?わたし、今、大丈夫?」

「なあに、どうしたの?今、夕飯を食べて、明日のために今夜は早く寝ようとしていたところだよ」

私は、妙な予感がした。明日のことは、待ち合わせ場所も時間も決まっている。それとも、明日が楽しみと、私を喜ばせようとしているのか。

「翔ちゃん、ごめん!本当にごめんね。風邪ひいちゃったの。熱が38度以上あるの。明日は、授業も休むことにしたの。だから、少し先に延ばして欲しいの」

私は、美咲ちゃんにやさしい言葉を掛ける前に、つい我が儘が口から出てしまった。

「美咲ちゃん、明日をどれだけ楽しみにしていたと思う?なんだか、急に体の力が抜けてしまったよ」

「ごめんね。治ったらなるべく早く時間を取るからね。翔ちゃんの仕事が終わった6時頃でも蒲田に行けるようにするからね」

美咲ちゃんの電話の向こうから、嗚咽する声が聞こえた。その時、私初めては、美咲ちゃんも悔しいのだ、私に逢いたいのだと悟った。

「美咲ちゃん、ごめん!つい勝手なことを言ってしまったよ。美咲ちゃん、風邪が良くなってからで大丈夫だよ。だから、今日は授業も休んで、お家でゆっくりしてなよ。美咲ちゃん、若いんだから明日には治っているよ。大丈夫だよ」

涙を拭く様子が電話越しに伝わり、私も悲しくなった。

「美咲ちゃん、もし困ったことがあったら遠慮なく連絡してね。お粥だって作れるからね」

美咲ちゃんは、ありがとうと小さな声で言った。電話は、それで終わった。

美咲ちゃんとの久しぶりのデートを心から楽しみにしていた前夜に、美咲ちゃんは風邪を引いてしまい、せっかくのデートは流れてしまった。私は、また自動販売機の缶ビールを買いに出た。

それから数日して、私は6時半頃仕事を終え、蒲田駅の方向に向かおうとした。ふいに後ろから自分を呼ぶ声がし、思わず振り返った。声の主は既に退社していた筈の渋谷由香里だった。

「宮内さん、今、お帰りですか?私、ちょっと会社に忘れ物をして、会社に戻ろうとしていました」

渋谷由香里の頬は赤く染まっていた。

「あっ そうですか。僕も良く忘れ物をしますよ」

そう言って頭を下げ、また歩き始めようとしたら、彼女は恥ずかしさを堪えるように、声を振り絞って言った。

「あっ あの~、お願いがあるんですが!」

私は驚いて、渋谷由香里の瞳をみつめながら言った。

「なんでしょう?」

美咲ちゃんとのデートが延びてしまい、そのことを考えていた私は、やや落ち込んでいてあまり元気な声ではなかった。

「あのう、実は明日、父の誕生日なのですが、ネクタイを贈ろうと思うんです。でも、どんな柄が良いのか分からなくて。それに紳士服の売り場など入ったことがないものですから。あのう、駅ビルの紳士服売り場で一緒に見て頂けませんでしょうか?」

私は驚いた。チャーミングでおとなしい渋谷由香里から思わぬ頼みごとをされたからだ。私には好きな人がいる。いくら魅力的な女性でも、美咲ちゃんとは比較にならない。それでも、親孝行な渋谷由香里の願いを聞き、一緒に蒲田駅ビルに向かった。私と渋谷由香里は肩を並べて歩いた。

「あのう、私は男の人の洋服売り場に一人で入る勇気がなくて。宮内さん、本当にありがとうございます。助かります」

渋谷由香里は緊張しているのか、まだ頬を赤くしている。

私も東京で洋服のお店など入ったことがない。お陰で私もほんの少し視野が広がると、内心喜んでいた。きっと紳士服売り場を歩く私と彼女は、よその人から見たら仲の良い、とても似合いのカップルだと思うかも知れないなどと馬鹿なことを考えたりした。

暫らく紳士服売り場の中を歩き回り、やっとネクタイ売り場に辿り着いた。二人は、それぞれに気に入ったネクタイを探して見たが一向に見つけられなかった。私がふと上を見上げると、棚の上部に黄色の下地に白と赤の斜めにストライブの入ったネクタイが目に入った。

「渋谷さん、これなんかどう?」

私がネクタイに向かって指を指すと、渋谷由香里は駆け寄って、嬉しそうにそのネクタイを見た。

「うわ~ すてきなネクタイ!地味な父に、少しは明るいネクタイをして貰いたいと思っていたの。これなら、父も喜んでくれると思います」

渋谷由香里は、店員に贈り物用のリボンを付けて貰い、大切そうに腕に抱えた。駅ビルの出口で別れるときに、輝くような瞳で、私に言った。

「宮内さん、今日はありがとうございました。あのう、もしご迷惑でなかったら、明日、会社が休みなので、私に東京を案内させて頂けませんか?」

私はふと思い出して、渋谷由香里に言った。

「渋谷さん、確か忘れ物をして会社に戻られたんでしたよね。今から、会社に戻られるんですか?」

渋谷由香里は、更に真っ赤な顔になりながら言った。

「あっ そうでした。すっかり忘れていました。でも、たいしたものじゃないので、これからケーキ屋さんに寄ってそれから家に帰ります。あの、宮内さん、明日大丈夫でしょうか?ご用があるのでしたらご無理は申しませんが」

私は、銚子から出て来たばかりで、東京のことは何も分からない。不動産の仕事に就いたというのに、東京の地理も分からないのではどうしようもないと思っていた矢先だった。

「渋谷さん、ありがとう。ぜひお願いします」

私の返事に渋谷由香里は安堵の表情を浮かべたが、緊張した表情に変えて、更に私に言葉を発した。

「あのう ついでと言ってはなんですがお願いがあります。これから私とお友達になって頂けませんか?」

一瞬、戸惑った。こんな言葉が渋谷由香里の口から出るとは予想だにしていなかった。

私には、美咲ちゃんがいる。渋谷由香里は素敵な人だけれど、美咲ちゃん以外の人と付き合うことは、美咲ちゃんへの裏切りとなる。即座に断ろうとした。だが、私は、心とは裏腹に何故か思わぬ言葉が口から漏れた。

「あっ はい。よろしくお願いします」

渋谷由香里の緊張した面持ちに笑顔が弾け、次の瞬間、その大きな瞳から一筋の涙が頬を伝わった。   つづく

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