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課題テーマに挑戦「銚子港」第21回

2023年12月17日

 課題テーマに挑戦「銚子港」第21回

早や師走の半ばを過ぎてしまいました。先日から日本中で、そしてアメリカのロサンゼルスで日本人のプロ野球選手の大谷翔平選手の話題で大騒ぎになっています。

10年間の契約の総額は日本円で1015億円といいます。この契約は、世界のあらゆる競技でも類を見ない額と言います。日本人にはとても誇らしい事です。

話しは変わって恐縮ですが、先日、私は某新聞の歌壇欄を読んで感動した歌があります。

「抱擁に不安を溶かすあたたかみ感じて移る車椅子へと」

車椅子を押す介護の方の歌は何度も読んだことがありますが、今回の受ける身の側の歌は初めてで、とてもほのぼのとした感動を覚えました。人は、いつかは老います。

ですが、この方のように幾つになっても瑞々しい感性を持ち続けたいものです。

今月初旬、近所を散歩している時に撮った紅葉の画像です。

 

青空に真っ赤な紅葉が映えます。

 

緑・赤・黄色の3色です。

 

紅葉が空に向かって誇らしげです。

 

アイキャッチ画像は、冬の済んだ青空にそびえる筑波山です。

  物語  想い出の銚子電鉄外川駅(第14話)

【翔ちゃん 宅建の受験をする】 

美咲ちゃんが私のために、このアパートの自室で料理の講習会を開いてくれる。それも私、ただ一人のためにだ。美咲ちゃんは、私の恋人だ。将来は、結婚したいと思っている。美咲ちゃんを、この私が永久に独占出来る。何と幸せな事だろう!

だが、美咲ちゃんの想いはこうなのではと、男の私は想像する。

― 翔ちゃんは男の一人暮らしゆえ、部屋を汚くし、ろくな食事もとらないのではないか。翔ちゃんには、女の私がちゃんと傍で面倒を見て上げなくては! -

でも、単にそれだけではないのではないかと、性格の悪い私は邪推してしまう。

それは将来結婚した後に、美咲ちゃんが「養護教諭」としての仕事に手を抜かず、正面から向き合うためには、当然帰宅時間も遅くなるとを計算しているのではないか?

美咲ちゃんが遅くなりそうな時に、私に食事の用意をさせようとの思惑があるのではないのか?

でも、私はそんな先のことはどうでも良い。毎月美咲ちゃんに逢える。それが何より嬉しい。

今の私は人生の中で最も恵まれた、幸福な瞬間を生きているのではないかと思う。

独りアパートでテレビを見ている何気ない瞬間に、ふと美咲ちゃんを想い出し、自分でも何故だか分からないのだけれど、涙をこぼすことがある。でも、これは美咲ちゃんには内緒だ。

それから、どれくらい経っただろうか?今の私は美咲ちゃんの指導で、中華料理ならチャーハンも麻婆豆腐も、また八宝菜も作れる。洋食ならミニトマト入りチーズナポリタンも、鶏肉とブロッコリーのマカロニグラタンも作れる。おまけで言わせて貰うと海老のトマトクリームパスタも出来る。

全て美咲ちゃんのおかげだ。

こうして、美咲ちゃんが私の部屋に料理を教えに来てくれるようになり、半年も経った頃だったと思う。

正月も過ぎ、北風の冷たい風が吹く日の寒い晩だった。美咲ちゃんと私は「ふっくらジューシーハンバーグ」を堪能し、コ-ヒーを飲んで余韻を楽しんだ。いつもなら、美咲ちゃんは帰る時間になっても、帰ろうとする素振りを見せない。

「美咲ちゃん、今日のハンバーグは特に美味しかったね。ありがとうね」

私は美咲ちゃんの肩を抱き、口づけをしながらやさしく言った。

すると、美咲ちゃんから思いがけない言葉が返って来た。

「今日はとても風が冷たく、今から帰るのはいや!風邪を引いてしまいそう」

珍しいことだった。美咲ちゃんが私に甘えている。私の心は有頂天になった。夜も更け、一つしかない私の布団の中で、いつしか二人は自然に一つになった。

その日から、多分長い人生の中で一番充実しているのではないかと思われる程、楽しく幸福な毎日を私は過ごしている。たまに新聞や小説で「幸甚の至り」という言葉を見つけることがある。今の私は、その言葉の意味を理解できる。私と逢う時の美咲ちゃんの顔にはいつも笑顔がこぼれる。美咲ちゃんも私と同じなのだ。

ちょうどその頃、めったにない故郷の父から電話が入った。

「翔太、どうだ!元気でやっているか?優介も心配しているぞ。お前がいる頃に買ったあの船のローンの支払いが大変だと、優介も苦労しているようだ。忘れないでいてくれ。お母さんもお前を心配している。近いうちに帰って来て、お母さんに顔を見せてやれ!」

今の私はこの東京で過ごして、もう八ヶ月が経つ。仕事を頑張り、それ以外は美咲ちゃんとのことで頭が一杯の毎日だ。

銚子を出てから母からの電話は時々あった。その内容は、私の健康を案じるものが多かった。だが、父からの電話は銚子を出る時の約束を、私に強く意識させるという目的のような気がした。

ふと、私は銚子を出る時のことを思い出した。

私は、将来の伴侶と決めた美咲ちゃんが東京の大学に入学した後、ひと月遅れで美咲ちゃんの後を追って上京した。叔父が経営する不動産会社に就職し、美咲ちゃんと同じ東京で暮らすことに成功した。だが、初めから東京での生活は3年だけと父と兄に約束をしていた。それが条件だったのだ。

父は脳梗塞を患い現役を退き、外川漁港で兄がひとりでキンメダイ漁をしている。

銚子を出る時、3年後には外川に戻り、兄弟でキンメダイ漁を生業とする約束をしていた。

確かに約束は守らなければならない。私はもちろん分かっている。だが、私は約束まではまだ沢山の時間が残されていると思っている。今のままの生活を続けたいと願っている。

今、この時期、不動産会社は繁忙期だ。1月から3月までは忙しい日々となる。何故かというと、入学や卒業、また就職や転勤などが重なるからだ。要領の良い人は、早くから物件探しをする。他の人が動き出す前に、良い物件を選んでしまおうという訳だ。

そんな訳で、まだ新入りの域を出ない私でも、人手が足りずに物件の案内をさせられることがある。相手は、高校生が父母同伴でアパートやマンションを見に来ることが多い。ただ、早い時期には、住民がまだ部屋を使っていて、部屋の中を見られないことがある。その場合お客様には、部屋やキッチンその他の各部を画像で見て貰い、気にいられれば現場に案内する。お客様には建物の外観のみではなく、近辺の環境を見て頂く。駅迄の距離や道、またスーパーや衣料品店などの情報だ。お客様が部屋に入れなくても、決して無駄になることはない。もし、気に入り仮予約すれば確保できるからだ。

ある日の暖かな日差しが降り注ぐ午後に、私は社長室に呼ばれた。

「翔太、お前は入社以来、良く辛抱し頑張った。お前がこの世界に向いているのかはまだ私にも分らない。だが、毎日を一生懸命に生きているというだけでは、まだ不足だ。生きて行くには、目的と目標が必要だ。

翔太この不動産の業界には幾つもの必要な資格があり、その内の幾つかの資格を取り精通しなければこの世界で生きて行くのは困難だ。一生、安い賃金で働くことになる。それでは、家庭を持つことも持ち家を持つことも出来ない。

後から入社した資格を持つ後輩に指示されて働くことも厭わなければ、資格は必要ないかも知れないし、楽に生きて行けるかも知れない。

だが、そんな人生には面白みがない。何かをやり遂げたという充足感が得られない!」

社長は何を言おうとしているのか、私には見当が付かなかった。

私の訝しげな表情を見た叔父の社長は続けて言った。

「いいか、翔太。朝起きてから日中仕事を頑張り、そして夜に寝るという繰り返しでは、大きな人間にはなれない。翔太がこの不動産の仕事に就いて、あと数ヶ月で1年になる。このままこの業界で生きて行くのか、別な人生を歩むか先のことは誰にも分からない。

だが、翔太!目先の得になるかどうかは分からないが、この世界の勉強をしてみないか?資格を取るための勉強をしてみないか。資格を取り、自分を少しでも大きくすることを目的に、毎日コツコツ勉強してみないか!

翔太、人生は長いと思っているとあっという間に時が過ぎる。気が付いた時にあれをしておけば、これをしておけばと後悔しても遅い。

俺も偉そうなことは言えないが、騙されたと思って頑張ってみないか」

少しでも会社の役に立ちたいと思い、私は叔父の会社で毎日努力をしているつもりだ。だが、確かに目的も目標も持って生きてはいない。ただ、頑張ってさえいれば、明るい未来は向こうからやってくるものだと信じていた。

私が高校1年の初夏のある日、祖母の命日に母とお墓参りをした時だった。住職が私たち母子の前に歩いて来て言った。

「本日は、ご苦労様です。宮内さん、今日はどなたの命日でしたかな?」

母が、義母の命日ですと答えると住職はまた言葉を発した。

「それは、それは。さぞ仏様も喜んでいることでしょう。あっ、この方は息子さんですか?まだお若いのに、お墓参りとは感心です。ぜひ息子さんに、一つだけお話しさせて頂きたいのだがよろしいかな?『光陰矢の如し』という諺がありますように、人生の貴重な時間が過ぎるのはあっという間なのです。

私も若いときには、時間を浪費してしまい随分と悔いました。出来ることなら、あなたのような若きあの頃に戻れたらと今になっても時々考えてしまいます。

息子さんは澄んだ綺麗な目をしている。不躾ながら、説教めいたことを申しました。どうか時間を大切にされて過ごされますように。それでは、また」

住職は私に向かって合掌しながら頭を下げた。あの時の私は住職の言う言葉の意味が分からなかった。

社長の言葉にあの日の住職の姿が蘇って来た。そうか、毎日をがむしゃらに頑張っていると思い込んでいたけれど、それだけでは駄目なんだ。

「社長、良く分かりました。どういう資格があり、どんな勉強をしたら良いのか、会社が引けてから、本屋に寄って調べてみます」

私がそう返事をすると、叔父の社長は嬉しそうに頷いた。

「そうか。私が勧めたい資格もある。またいろいろ知恵を授けたいとも思う。だが、今回は翔太が自分で決めなさい。社長室に専門書なら沢山ある。必要ならいつでも使うがいい。」

私は退社後に、蒲田駅東口商店街に寄り、さっそく不動産の資格についての本を探した。だが、初めて入ったこの書店の何処に、私が探している本があるのか分からず、レジに行き白髪交じりの初老の男に声を掛けた。

「すみません、不動産の資格について書いた本を探しているのですが、何処にあるのか教えて欲しいのですが?」

私が言うと、初老の男はいきなり歩き始めた。私は慌てて付いて行った。男はあるコーナーの前で立ち止まると言った。

「資格関係の本はここにあるだけですが、もしお求めの本がない場合は本の題名を言ってくだされば取り寄せますよ」

私はお礼を言い、頭を下げた。確かに資格についての本は沢山あったけれど、不動産関係の書物は数冊しかなかった。その中でも、表紙に大きな文字で〖不動産が楽しく学べる〗と書かれた初心者用の本を買った。

その本によると、不動産に関係する資格は数多くあり、それぞれの資格の持つ意味や、今後の動向などについて図で示しながら解説をしていた。

資格名をいくつか挙げてみると、宅建(宅地建物取引士)・FP(ファイナンシャルプランナー)・マンション管理士などである。他にいくつもあった。私は、思った。これらの資格を取得するには、一人で自由に勉強するのが一番やり易い方法だけれど、確実に実力を付けていくには、通信講座が一番良い方法なのではないかと。

また、現在私の必要としている資格は宅建であると確信した。

翌日、私は社長室に行き、宅建の資格を取るつもりですと報告した。社長は、満面の笑みで「よし!頑張れ」と私の肩を叩いた。

その日、美咲ちゃんにも退社してから同じ報告をした。美咲ちゃんも喜んでくれ、料理講習会は続けることにしても、これからは早々に帰ることにするからと、笑顔の言葉が返って来た。

数日後、その本の中に記されていた通信講座の会社に電話をした。数日して、パンフレットと受講費用振り込み用紙が同封して送られてきた。私は直ぐに振り込みをして、講座の申し込みをした。

それから私は、目的と目標を決めた。もちろん目的は「不動産取引士」の資格だ。その為の目標だ。

試験は毎年10月の第3日曜日にある。今からだと約8か月後だ。私が買った本には、合格するには300時間の勉強時間が必要とあった。私はさっそく以下のように考えた。

先ず、宅建の試験日については社長に話し、この日は前もって休暇の許可を貰っておくこと。

それで勉強方法だが、通信講座と専門書を並行して学習して行こうと思う。合格に300時間が必要なら、8月までにはそれをクリアーして、残りの約2ヶ月は試験対策に全力を注ごうと思う。

具体的には、平日は周5日毎回2時間、休日(水曜日)は月4日毎回3時間の勉強をする。日曜日は仕事だけれど、勉強時間は少し緩くして1時間。これで397時間になる。だが、これでは余りにハードで疲れてしまう。なので、この達成率を8割(317時間)とすることにした。少しは、心に余裕を持たせたい。

それから、毎日カレンダーに勉強時間の開始と終了時間を記入し、実質時間も記入する。週単位で達成率を確認することにした。

私は、正直この予定通りに進めた訳ではない。風邪を引いて熱があり、どうしても教科書に向かうことの出来ない日もあった。だが、カレンダーで遅れを確認し、必ず辻褄を合わせることにした。

8月末までに全行程を予定通りに進めることが出来た。意志薄弱なこの私がと信じられない思いだった。もちろんこの資格受験の件は美咲ちゃんに話してあったので、彼女とのデートを控えたり、叱咤激励など、彼女の協力なしではとても達成できなかったと思う。

それから8月末から10月の試験前日までの約2ヶ月は、模擬試験問題集を重点的に行なった。10月中頃にはほぼ9割以上の正解率となっていた。

試験当日は、私は余裕を持って望むことが出来た。これだけ勉強したのだから、合格して当然のことだと少しも不安はなかった。

翌月の月末には合格発表がある。わざわざ試験会場まで行かなくても、手持ちのスマホで簡単に調べることが出来る。もちろん合格した。嬉しくないと言えば嘘になる。でも、努力は報われると信じていた。

合格の報告を社長にすると、満面の笑みで労ってくれた。1発目で合格する人は少ないのだそうだ。聞くところでは、過去数年間の平均合格率は2割を切っているとのこと。私は、少し鼻が高くなった。

その日の退社後に考えた。社長は叔父だから、私が不動産の資格を取り合格するのを喜ぶのは当然だ。他の社員が合格しても同じように喜ぶだろう。あれ!確か社長の叔父には子どもがいない。叔父は、将来働けなくなったら、この会社をどうするつもりなのだろう?

夕食のおかずを蒲田東口商店街で買おうとして、今夜は少し贅沢をしようと思い刺身の盛り合わせとポテトサラダを買った。もう私も7月で二十歳を迎えた。酒屋さんで、堂々と日本酒も買った。

美咲ちゃんには、昨夜電話で「宅地建物取引士」の試験に合格したことを伝えた。

「翔ちゃん!やったね!おめでとうございます。ぜったい翔ちゃんは、合格すると思っていたよ。お祝いしようね。今度の水曜日、夕方3時頃なら時間が取れるから。翔ちゃんのアパートに夕方4時過ぎには行けると思うわ。ついでに、お祝いのケーキも買っていくね」

私は、3週間振りの美咲ちゃんの元気な声に嬉しくなった。それ以上に、ケーキを買って来てくれるという。私は嬉しさに天にも昇る嬉しさだった。

忙しい日々は瞬く間に流れる。美咲ちゃんと逢える水曜日がやって来た。私は、昨夜の食べ残しの「マカロニグラタン」をレンジでチンして食べた。この「マカロニグラタン」も美咲ちゃんの指導の賜物だ。今朝になっても美味しさは変わらない。

いつものインスタントコーヒーを飲み、少し気合を入れて、部屋の掃除をすることにした。ここ暫く、受験勉強で部屋の掃除どころではなかった。

台所には洗っていない食器が山のようだ。部屋も、シャツやパジャマそれに宅建関係の参考書やらが散らばっている。こんなところを美咲ちゃんに見られたら嫌われてしまうと私は慌てて片付けることにした。

やっと綺麗になったと思った頃は、とっくに昼の時間が過ぎていた。急に空腹感が私を襲った。今晩は美咲ちゃんと一緒に豪華なディナーにするつもりだ。私は、台所の戸棚に置いてあったカップラーメンを取り出した。流石に、これだけでは栄養が足りない。卵を冷蔵庫から取り出し目玉焼きも作った。

粗末な昼食が終わると、私は美咲ちゃんにメールを送った。美咲ちゃんと蒲田東口商店街で夕食の買い物を一緒にしたいので、3時半頃に東口のいつもの所で待っているという内容だ。

私が待ち合わせの場所に着くと、既に美咲ちゃんがいた。私は驚いた。

「美咲ちゃん、随分早いんじゃないの?」

美咲ちゃんは、大きな目を見開いて私に言った。

「今日は、翔ちゃんの合格祝いなのよ!じっとしてなんかいられないわ。授業が終わったら、走ってケーキ屋さんに行き、また走って電車に乗り込んだのよ!」

美咲ちゃんは、確かに四角い袋を下げている。それに僅かに呼吸が乱れている。美咲ちゃんの気持ちが嬉しかった。辺りに人目がないなら、抱きしめて口づけをしたかった。

東口商店街は、主婦の姿や高齢者が目立った。独り暮らしなのか、傘寿を超えたと思われる老人が毛糸の帽子を被り、ビニール袋を大事そうに抱え、杖をついて歩いていた。今のこの日本には、高齢者世帯が溢れている。独居老人も当然多い。

美咲ちゃんと手を繋ぎ、商店街を歩いた。私がお寿司を食べたいと言うと、美咲ちゃんも同意した。お寿司のお店は空いていた。握り寿司を二人前、奮発して松にした。それからお惣菜のお店に寄り、鶏のから揚げと春雨サラダとを買った。八百屋さんでは、レタスとみかんを買った。

アパート近くのいつもの酒屋さんで、ビールとワインも買った。選んだワインは美咲ちゃんのお母さんのお気に入りとのこと。私は好みの缶入りの日本酒を一缶買った。酒屋さんのご主人が、私たちを少し訝しそうに見つめた。だが、私も美咲ちゃんも二十歳を過ぎている。私は財布からお金を堂々と出して、それらを買った。

その晩は、人生で最も楽しい日となった。次の資格試験までは、少し休養を取るつもりだ。今晩は、美咲ちゃんとの楽しいディナーを存分に楽しみたい。私と美咲ちゃんは乾杯した。美咲ちゃんは私のコップになみなみとビールを注ぎ、自分のコップには半分だけを注いだ。

「翔ちゃん、宅建の試験合格おめでとうございます!これから、益々宮内不動産でのお仕事頑張ってくださいね。それから、私・美咲をこれからも、大切にしてくださいね。かんぱ~い!」

美咲ちゃんの声は弾んでいた。ビールを飲み干すと、私はお酒、美咲ちゃんはワインを飲んだ。まだ、ワインに口を付けたばかりなのに、もう美咲ちゃんの顔は桃の花よりも濃いピンクで染まった。とても艶っぽい。

お寿司も食べ、満足した私が窓を開けると、もう既に夜の帳が降りていた。晩秋の冷たい風が入り込んできた。私は窓から顔を出すと火照った身体には心地よかった。美咲ちゃんも赤く染まった顔を私の横に並べた。気持良さそうに目をつぶった。私は、美咲ちゃんの唇にやさしく口づけをした。

私は美咲ちゃんに帰って欲しくなかった。

「明日の朝、早めに帰れば授業に間に合うんじゃない?」

私の提案に美咲ちゃんは返事をする代わりに、私の瞳を見つめて頷いた。

その夜は一つの布団に二人でくるまり甘美な夜を過ごした。幸せな一夜は瞬く間に過ぎてしまい、部屋のカーテンが白み始めた。

それに気付いた美咲ちゃんは、慌てて身支度をして言った。

「翔ちゃん、ありがとうね。お仕事頑張ってね。楽しかったわ。また、来るねわね。授業に遅れちゃんから、もう帰るね」

私は寝たまま、まだ半分夢心地の意識の中で返事した。

「美咲ちゃん、また来月待っているよ。気を付けて帰ってね」

美咲ちゃんは帰ろうとして振り返り、今思い出したというように小さな声で言った。

「私ね、今年、海外留学をしたいなって思っているの。翔ちゃん、どう思う」

その一言で私は、完全に覚醒した。青天の霹靂だ。

私には、海外留学の知識はかけらもない。海外留学すれば半年や一年は日本には帰らないのではないか。もしかしたらもっと長い期間私は美咲ちゃんに逢えなくなるのではないか?

美咲ちゃんは、私と海外留学のどちらが大切なのだろうかと不安になった。幸せの絶頂から、私は谷底に真っ逆さまに突き落とされたような暗澹たる気持ちになった

「あとで、翔ちゃんの気持ちを教えてね」

私が返事をする間もなく、美咲ちゃんはドアの「バタン」という音を残して帰った。

美咲ちゃんが留学したらどうしよう!そう考えていたら、また別な心配事が浮かんで来た。

私は「宅建」に合格したことで、叔父の社長から喜ばれている。これから私の宮内不動での仕事は益々増えるだろう。一年半後に外川漁港に帰らなければならない。その話は、叔父の社長にも美咲ちゃんにもまだ話していない。その時に私は外川漁港に帰れるだろうか?いや、その時に私自身が帰りたいと思っているだろうか?

私は、布団から出られずに、頭を抱えていた。       つづく

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