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創作の小部屋「独居老人のひとり言」第23回

2019年05月11日

 「独居老人のひとり言」第23回

上の画像はつくば市にありますつくば牡丹園の「黄冠」です。この時(5月4日)は、シャクヤクは見頃を過ぎていましたが、牡丹はたくさんの種類の花が咲いておりとても見事でした。もう少し早く来園すれば、美しいシャクヤクも見られたのにと少し残念な気持ちもありました。来年は、もう少し早い時期にも来てみるつもりです。

  「独居老人のひとり言」第23回

22章 涙の真相

私は、どういう態度をすれば良いのか分からなかった。この時の私は63歳であり、我が身の出来事のすべてにおいて、既に達観していなくてはならない年齢の筈だった。ところが、この体たらくぶりには自分でも情けなさを感じずにはおれなかった。

テーブルの上のこぼれたコーヒーを大川さんが拭いている間に、私は台所に行き、再度お湯を沸かした。私は豆から挽いたコーヒーを飲むほど洒落てはいない。インスタントのコーヒーだ。だが瓶に入ったあるメーカーのインスタントコーヒーだけは、私にはとても美味しいものだった。

別な2つのコーヒーカップをテーブルに運び、大川さんに勧めた。大川さんは小さな声でお礼を言った。

いつも笑顔を私に向けてくれる、いつもの大川さんではなかった。だがもう涙は乾いていた。下を向いたまま、大川さんは私の顔を見ずに話し始めた。

「小松さん、今日はごめんなさい。すみませんでした。小松さんの奥さんが癌で亡くなられたのを知っていて、小松さんご夫婦の一番つらい話題を出して申し訳ありませんでした。私が、つい、癌にだけはなりたくないと口を滑らせたのは、一人息子を考えたからです。今の生活には少しの余裕もないうえに、癌ともなれば、手術の費用や治療費が大変だと思います。

また、お金の問題だけでなく、私が入院と言うことになれば、きっと息子は食事をきっちり摂ることも無理でしょう。一人、家の中に閉じこもっている息子は、今より更に悪い状況になってしまうと思います。二人に一人が癌になる時代と聞き、つい悪い方へと考えてしまうようになりました。」

ここで、大川さんはひとくちコーヒーを口に運び、更に話し出した。今度は、恥ずかしげな女性の姿が感じ取れた。

「私、中学生の1年の時、クラス委員のTさんという方に憧れておりました。とても勉強が出来る人でした。私は、Tさんに注目されたいと考え、私も勉強に打ち込みました。ですが、ぜんぜん適いませんでした。できればTさんと同じ高校に行きたかったのですが、Tさんは県立の有名校に進学し、私は別の女子高に進学しました。それから会うことはありませんでした。

幼い人間と思われるでしょうが、パソコン教室で初めて会った時の小松さんは、Tさんかと思ったくらい良く似ていて驚いてしまいました。その日、床に落としたハンカチを拾い私に渡してくれた小松さんに、私は昔の中学生の頃を思い出して小松さんがTさんのような錯覚に陥りました。

ちょうどその日は私の車が車検で、来るときは別な方に迎えに来て頂いたのですが、帰りは小松さんが送ってくれることになり、私はとても嬉しくてなりませんでした。ですから、今度またこういう時は連絡くださいと小松さんから言われた時は、すぐ小松さんの電話番号を登録させて頂きました。何か子供が宝物を手に入れたようなそんな気持ちでした。

でもそんな中学時代のTさんの姿ではなく、途中から「なのはな会」に力を尽くす小松さんにだんだん魅かれて行きました。ときどき料理の作り方のことで電話を貰うのはとても嬉しいことでした。今日、小松さんから相談があった時、小松さんと二人きりになれると思うと嬉しくて、ご自宅まで押しかけてしまいました。」

そこまで話すと、少しピンクに染まった頬を大川さんはハンカチで隠した。大川さんの私への愛の告白は信じられなかった。私は迷った。私も大川さんと同じ気持ちであるのは確かだけれど、ここで私が正直な心の内を曝け出すことは怖かった。ここは我が家で、愛する妻の仏壇がある。

私は、「これからもパソコン教室や『なのはな会』で頑張りましょう。『なのはな会』は大川さんが主役ですから、期待しています。」と逃げた。

大川さんは時計を見ながら「もう、こんな時間?」と言った。そして、「奥さまの仏壇にお線香をあげさせて貰っていいでしょうか?」と私に尋ねた。私は、6畳の仏間に彼女を案内した。

ずいぶん長い間、大川さんは妻の仏壇に手を合わせていた。妻と会話をしているような、そんな雰囲気だった。

やがて頭を上げた大川さんは、先ほどの居間に戻ると私が貸した3冊の本をバッグに入れ玄関に向った。大川さんは、玄関の扉を開けようとする私に頭を下げながら言った。

「今日はすみませんでした。ありがとうございました。でも、正直嬉しかったです。」

その言葉に、私は思いもよらぬ行動に出た。心の底にしまい込んで置こうとした感情が、まるで何かに突き動かされたように。バックを持ったままの大川さんを抱きしめたのである。大川さんはバックを床に置き、私の胸に顔をうずめた。          つづく

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