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創作の小部屋「独居老人のひとり言」第33回

2019年07月06日

 「独居老人のひとり言」第33回

ここつくばは、曇りで天気予報では傘のマークも出ています。今回の西日本の豪雨では多くの方が被害を受けられたようです。お見舞いを申し上げますと共に、一日も早い復旧を祈念いたしております。

さっそくですが、「独居老人のひとり言」も33回目を迎えました。35回辺りを最終回としたいと思っています。

  「独居老人のひとり言」第33回

第32章 初めての訪問

土曜日の午前2時に起きて、大川さんは「有償ボランティア 引きこもり真心の会」の会長鈴木義典氏の訪問を待った。お湯を沸かし、お茶菓子の用意をして待った。

果たして2時50分頃に車のエンジンの音がした。ブレーキランプの赤い色がカーテン越しに見えた。門扉は約束通り開けておいた。玄関のドアを軽くノックする音が聞こえたので、大川さんは静かに開けた。鈴木会長は、グレーのジャケット姿でネクタイはしていなかった。

「こんな夜中にお出でいただきまして、本当にありがとうございます。どうぞ、お入りください」

大川さんは囁くように言い、鈴木会長を居間に案内した。座卓に座布団を敷き、鈴木会長に座って頂いた。先ずお茶を飲んで頂こうと、急須にポットからお湯を注ごうとすると、鈴木会長も小さい声で言った。

「先日申し上げましたように、私どもは飲み物代も頂くことになっております。ですので、何も用意して頂く必要はありません」

確かに、飲料水代として150円の費用が掛かると聞いていたのを思い出した。大川さんがポットから手を放すと、カバンからペットボトルのお茶取り出し、鈴木会長は一口飲んだ。

「本日は、初日ですので陽一さんに挨拶をさせて頂き、失礼させて頂きます」

この時間に遠い道のりを運転して来て、本日は挨拶のみで帰るという。大川さんは、期待を裏切られたようで、軽い失望を感じた。ボランティアとは言いながら、1,650円の費用が発生するのである。大川さんの様子に鈴木会長は優しく言った。

「大川さん、失礼ですが、初日から何の信頼関係もない初対面の老人が何かを伝えようとしても、息子さんが素直に聞き入れて下さるとお思いですか?今日は、私の存在を知って頂くこと、そしてまた来週の土曜日にお伺いすることを意識して頂くことだけで充分なのです」

誰でも初対面の人には警戒するものだ。会長は、充分な時間を使い、陽一の心を少しずつ開いていくつもりなのだ、そういうことなのかと大川さんは納得した。大川さんは、2階の陽一の部屋に案内した。ドアの隅から僅かに灯りが漏れていた。やはり、陽一は起きている。

数日前に、用意した食事を陽一に渡す時、大川さんは陽一に話した。

「今度、ボランティアの鈴木さんという方が、お前の力になりたいと、来てくれることになったよ。土曜日にいらっしゃると言っていたけど、その時は鈴木さんの話しを聞いて貰いたいんだけど。ドアは開けないで良いから」

その時、陽一は特に変わった表情は見せなかった。関心があるのか、迷惑なのか大川さんには分からなかった。

鈴木会長は、閉められた陽一の部屋の前で正座して言った。

「こんばんは。私は、ボランティアをしています鈴木と申します。私は、陽一さんのお力になれたら嬉しいと思って、大川さんの家に来させて頂きました。もし、ご迷惑と思った時は遠慮せずに言って下さい。その時は、すぐ帰ります。

今日はこれで失礼させて頂きますが、また来週の土曜日のこの時間にお邪魔させて頂きます。どうか今後ともよろしくお願いいたします。それでは、失礼させて頂きます。ありがとうございました」

鈴木会長が話した時間は1分間くらいだったかと思う。大川さんは初めての経験に戸惑った。これから陽一は変わってくれるのだろうか?このまま鈴木さんにお願いすることが良いのだろうか、不安だった。

二人は階段を下りて居間に戻った。鈴木会長は再びペットボトルを取り出して、一口飲んでから大川さんに向って言った。

「大丈夫ですよ。陽一さんは私の話をちゃんと聞いてくれましたよ。毛嫌いしておられたとしたら、何らかの拒否のアクションがあった筈です。少なくとも、今日の陽一さんへのアプローチは成功だったと言えると思います。

ひとつお願いがあります。次回の訪問の時は、お母さまは2階に上がらず、ここで待っていて欲しいのですが」

大川さんは「分かりました」と返事した。頷いた鈴木会長は「また来週のこの時間に訪問させて頂きます」と言いながら、カバンから今回の費用の請求者を取り出した。

「今月分をまとめて来月の25日までにお振込みをお願いいたします。それでは、有り難うございました」と言って帰って行った。

時計は、午前3時20分を指している。確かに鈴木会長の理屈は的を射ている。だが、余りに期待し過ぎたせいだろうか、大川さんは拍子抜けしてしまった。           つづく

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