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創作の小部屋「独居老人のひとり言」第29回

2019年06月20日

 「独居老人のひとり言」第29回

今日のつくばは曇りです。部屋の温度計は28℃を示していますが、窓を開けていると風が入り涼しく感じられます。

私は高齢者ですので、健康には多少気を使っております。特に塩分を控えることやタンパク質を充分摂ること、それに歩くことです。歩数は月平均18~20万歩くらいになります。ですが、ラジオ体操を最近しておりませんので体が硬くなったように感じます。以前は膝を伸ばしたまま前屈し、両手を地面に着けることが簡単に出来ましたが、最近は地面に届きません。体操の必要性を痛感しています。

さて、今回で29回目の「独居老人のひとり言」をさっそくアップさせて頂きます。(芍薬の画像は、フォト仲間で大先輩のSAMさんの作品です)

 「独居老人のひとり言」第29回

第28章 「なのはな体操」断念

前回のなのはな会で、「なのはな体操」をパソコン勉強会となのはな会の始まる前に行うことが決まった。また、それぞれの勉強会の終了後に15分から30分程度を近くの神社や川の土手などを歩くことも決まった。

ただ会員の中には腰痛やひざ痛の人もいるので、市の生活支援室に相談し車いすを借りることにした。例えその日は歩けなくとも、自然の風や日光に当たるだけでも気分が良いし、仲間に車いすを押してもらうことでより絆が深まる。

ふいに私の電話が鳴った。大川さんからであった。来週のパソコン教室までに「なのはな体操」を覚えなければならないので、ユーチューブを見ながら一緒に覚えて欲しいという。私は、昔、小学生の頃運動会ではいつも1位か2位だった。またソフトボールの対外試合では代表選手にもなったものだ。まだ運動神経は衰えてはいないと自負をしている。しかし、大川さんと二人で体操を覚えるのは少し恥ずかしい気がした。

私は了解の返事をし、電話を切ろうとした瞬間思い付いた。

「息子さんの写真を何枚か私に見せて貰えませんか?」

その日も夕方6時30分頃玄関のチャイムが鳴った。玄関を開けると、大きな袋を下げて立っていた。夕飯のおかずを作って来てくれたらしい。

「今日は、春の献立集第3週から『揚げ豆腐の千草あんかけ』と『たまねぎ和風サラダ』を作ってみました。味に自信はありませんが、一緒に食べてもらえたらと思って」

私は味噌汁を手早く作った。ワカメをたっぷりの水で浸し、大根を短冊切りにし、鍋に水を入れ沸騰したら大根と水気を取ったワカメを入れた。ひと煮立ちしたら顆粒和風だしを加え、弱火にしてから味噌を入れ椀に盛り付け完成。

美味しい、美味しいと言いながら私は食べた。もう殆ど食べ終えようとする頃、箸を持つ手を休めて大川さんに声を掛けた。

「大川さん、この前のなのはな会の時、『なのはな体操は私が覚えて皆さんに教えます』って、ずいぶん積極的でしたね」

大川さんは、今日もニコニコしている。別々によそった「揚げ豆腐の千草あんかけ」と「たまねぎ和風サラダ」は、二人の皿ともほぼ綺麗になった。私が作った味噌汁も、大川さんは味が良いと言って椀を空にした。

「だって、自慢する訳じゃないですけど、会の中では私が一番若いし、誰か他の人にお願いする訳にはいかないと思って」

確かに、「なのはな体操」を覚えて、会の皆に教えられそうな人は思い付かなかった。私でさえもその役は、遠慮したい。

「ところで、息子さんの写真、持って来て貰えました?」

私は一番重要な話しを切り出した。大川さんは横に置いたバックの中から、小さなアルバムを取り出した。アルバムには、大川さんと二人で遊園地の乗り物の前で撮ったものから、小学生・中学生・高校生・大学生とそれぞれの年代ごとの写真が数枚ずつ写っていた。わざわざ写真を選んでくれたのが私には分かった。最後に撮られた写真は、30歳頃だろうか?いかにも繊細で賢そうな風貌であった。

「息子の名前は陽一と言います。小学校5年の時の通信簿に、担任の先生が『陽一君の将来が楽しみですね』って書いてくれました。陽一は成績が良いだけじゃなく、とても正義感の強い子どもでした。

私は嬉しくて涙を流したのを、昨日のことのように覚えています。ですが、今では家に閉じこもったままで・・・」

私には励ます言葉がなかった。だが、今の私は大川さんと辛さを共有している。

「行政機関の支援やNPOなどの支援により立ち直り、社会人として復帰している人もたくさんいるようです。そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。大川さんが、あまり悲しそうな顔をすると、却って息子さんを追いつめてしまうような気がします。

焦らずに、信じて、待ちましょう。そして、立ち直りのキッカケを捜すことに専念しましょう。私も、いくつかのNPOを調べています。陽一君の写真を見せてもらって確信しました。きっと、いや必ず陽一君は立ち直ります。大丈夫ですよ!」

大川さんは私の言葉に気を取り戻したのか、僅かに微笑んだ。今日は、涙を流さず私を見つめた。

「大川さん、コーヒーを1杯飲んで小休止してから、さっそく『なのはな体操』のユーチューブを見てみましょう。今日は、初めてですから全体を何度か見て、いきなり高齢者がこの体操をしても大丈夫か、あるいは気を付ける必要があるか、その辺を重点に見てみましょう。今日は土曜日ですからパソコン教室まで、あと4日あります。実技は明日からにしませんか?3日あれば何とか形になるのではと思います」

コーヒーを少し急いで飲んだ私は、パソコンをテーブルに移して準備した。ユーチューブの「なのはな体操」をクリックするとテンポの良いドラムの音が聞こえて来た。途中まで見た大川さんが言った。

「この体操はテンポが速すぎて、それに動きが大きく高齢者には少し困難ですね。残念ですが、無理のようです」

私はいったんユーチューブを止め、ネット画面に戻した。「なのはな体操 高齢者」で検索してみると高齢者向けのビデオもあるようだったが、販売はしておらず手に入れることは困難と思われた。

「なのはな体操という名前は、私たちの会にピッタリだと思いましたが、このテンポと動きは若い人ならいざ知らず、私たちにはやはり無理ですね。昔から慣れ親しんだ『NHKのラジオ体操』にするしかありませんね。これなら練習なしでも出来ますし」

私が残念そうに言うと、大川さんも頷いた。

帰る間際、大川さんは「いつもありがとう!」と言って、私の背中に両手を回した。 つづく

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