創作の小部屋「独居老人のひとり言」第30回
2019年06月28日
「独居老人のひとり言」第30回
昨夜のつくばは台風の影響で、ずっと風の音が鳴り止みませんでした。雨はたいしたことはなかったようです。
この「独居老人のひとり言」も3月の末から書き始め、今回で30回になります。いろいろなテーマを思い付くままに織り込んで来ましたが、まだ介護施設の虐待などのテーマも残ってはいます。ですが、「独居老人のひとり言」もそろそろ終わりにして、本来の作詞教室に早く戻りたいと考えています。
「独居老人のひとり言」第30回
第29章 初めてのラジオ体操と歩く会
パソコン教室の日がやってきた。私は家にあったCDラジオカセットコーダーを持参した。その中には、NHKのラジオ体操のテープが入っている。全員が揃ったとき、大川さんが立ち上がって発言した。
「皆さん、私は先日の『なのはな会』のとき、『なのはな体操』を今日から皆さんと一緒にやりましょうと言いました。ですが、実際にその映像を見てみましたら、テンポが速く動きも大きくて、私たちには少し無理ではないかと思われました。
高齢者用に合わせたスローテンポのビデオもあるらしいのですが、販売はしていないようですので、残念ですが諦めることにいたしました。ですので、すみませんがNHKのラジオ体操に切り替えることにしました。皆さん、しばらく振りでしょうから無理をしないで、私の真似をしてみてください。膝や腰が痛い人は座ったままで、少しでもいいので体を動かしてみてください」
大川さんの今日の姿はジャージ姿である。会の皆も体操があることを知っていたので、比較的動きやすい姿に着替えて来たようだ。パソコンの置いてある机に触れないように会の仲間を移動させてから、大川さんは私にカセットのボタンを押すように合図した。座ったままの人も何人かいた。
大川さんは、会の皆の前に立っているので、左右の動きが逆になるが、やはり賢い人だ。家で練習をしてきたようだ。会の皆は高齢の体での、そして久し振りのラジオ体操に戸惑いながら、ぎこちなく大川さんの動きを形だけ真似た。
ラジオ体操が終わると、口々にみんなが笑顔で疲れたと連発した。
今回のパソコン教室でラジオ体操があるからと、初めてこの教室に顔を出した加藤さんが「皆さん、ちょっとだけよろしいでしょうか?」と声をあげた。
「皆さん、どうでしたか?私もそうですが、若い時と違って大分体が硬くなって来たのが分かったと思います。また筋肉の衰えも感じられたかと思います。
私がある大学のスポーツ医学の教授から伺ったのですが、人間の筋力の成長は年齢には関係ないとおっしゃっていました。ということは、私たちも、体操や歩くことを日常的に行えば、まだまだ私たちは若い頃に近づくことができるということだと思います」
加藤さんは、健康に対する知識が豊富だ。私たちを、健康な体作りに導こうと努力してくれている。その気持ちに誰もが感謝している。
加藤さんの講話が終わると、大川さんが全員に向かって声をかけた。
「皆さん、今日はここから歩いて20分位で行ける『赤城神社』に行くことにします。車いすはお二人の方から頼まれておりましたので、用意してあります。私と小松さんとで押させていただきます。途中、喉が渇かなくとも水分を摂ってください。神社にはトイレがありますので、心配しないでこまめに水分を摂ってください」
事前に私と大川さんでこの行程を歩いてみた時は15分もかからなかったが、神社に到着したときは30分も経っていた。会の皆は何人かのグループに分かれ、それぞれ楽しそうに会話が弾んでいた。私が車いすを押させて貰ったKさんはまだ60代だが、少し前に植木の剪定中に転んで腰を痛めていた。
「小松さん、押して貰ってすみませんでした。車いすでも外は気分が良いものですね。皆さん、とっても良い人ばかりで、パソコンは覚えられるし、料理も勉強できて、本当にこの会に入って良かったと思っていますよ」
Kさんは晴れ晴れとした顔で言った。大分頭髪が薄くなったが、会の活動の中では熱心な一人だ。
大川さんは額にうっすら浮かべた汗をタオルで拭いながら、車いすの女性に話しかけている。二人だけの時と違って、悩みを抱えた女性とは思えない。
頬が紅潮していて、とても愛らしかった。 つづく