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創作の小部屋「独居老人のひとり言」第31回

2019年06月28日

 「独居老人のひとり言」第31回

夕方、近所を散歩していましたら、桔梗の花が咲いていました。桔梗を愛した日本の歴史は古く、家紋として使った武家もあったようです。とても清楚で可憐な花です。

さて「独居老人のひとり言」ですが、最終回を早く迎えるため少し急いで話を進めます。

  「独居老人のひとり言」第31回

第30章 有償ボランティア

初めてのラジオ体操も歩く会も好評だった。次回が楽しみだと何人かが言った。ある人は明日からさっそく朝のラジオ体操を始めると、大きな声で宣言した。

それから何日か経ったある日、私はネットで「引きこもり支援」の情報を集めていた。いつものタグではなく、別なタグに変えて調べてみることにした。

「引きこもり支援 ボランティア」で検索してみた。すると、次のような名称のボランティアがヒットした。偶然にも私達の住む県内にその団体は存在した。「有償ボランティア 引きこもり真心の会」だった。ボランティアが有償とは、どういうことか?ボランティアなら、交通費もその他すべて無償が当たり前の筈だ。

私も昔、ボランティアをしたことがある。随分遠いところだった。行く前に、スーパーで食料品や飲み物を買い求め、一人用のテントを積み込んで出かけた。妻は、気を付けてと心配そうだった。民家の家の中や庭の泥かきをし、土のう袋に入れて集積場に運んだ。2泊3日で、月を挟み2度行った。無償は当たり前のことだ。

それが有償のボランティアだという。私は腹を立てながら、そのホームページを開いた。ボランティアを謳い、弱者に寄り添うどころか食い物にする団体かと疑った。

会の代表の方は、私よりも高齢だった。代表者は挨拶の中で、「有償ボランティア 引きこもり真心の会」設立のエピソードを語っていた。以下のような長い文面だった。

~ 私は、若い時に親友を事故で無くしました。眠れない夜が続いたある日の仕事中でした。急に心臓が激しく脈打ち、立っていられなくなりました。机に突っ伏して、今にも死ぬかという恐怖におののきました。その時私は観念しました。

「私は今まで、少なくとも正直に生きて来ました。私の命は、神様の意思に従います。ここで死ぬことになっても結構です」

誰かがコップに水を汲んでくれましたが、真っ青な顔をした私は、両腕の中に顔をうずめておりました。暫らくすると落ち着きました。上司の指示で病院に行くと、医師は血圧がだいぶ高いと言って、私の心を和らげる薬を処方してくれました。

しかし、その日から私は電車や飛行機、聴衆が静まり返る講演会などが恐ろしくなりました。叫びだしたくなるような、そこから逃げ出したしたくなるような衝動に襲われ、そして、あの時の悪夢が甦り、私の心臓は狂ったように打ち続けるのです。今まで、仕事を普通にしていても、或いは仲間と会話を楽しんでいても、不意にその悪夢が私を襲うのです。私は怯えて、うつ病のような症状に陥りました。、それでも、私は悪夢と必死に戦いました。

私はこの症状を誰にも相談できずにいました。両親や兄弟、そして妻にも話せませんでした。上司は、私の精神が病んでいると思ったようです。私が近くにいるのを知っていて「あの人は少し頭がおかしい」と言った先輩もおりました。屈辱でしたが、私は黙って耐えました。転勤した職場でも同じような状況でした。

この状態は年を重ねるごとに回数は減りましたが、その恐怖心は定年まで続きました。定年で仕事の緊張や人間関係の煩わしさから解放されると、やっと私もこの恐怖から解き放たれました。

私には長く辛い年月でした。多分パニック障害だったと思われます。この辛さは、当人でないとわからないと思います。私はそれでも定年まで勤めあげ、子供も大学まで行かせることができました。しかし、この世間には私よりも辛い人たちがもっともっといるに違いないと思い、残りの人生を、そういう人達のために捧げようと決めました。何の見返りも求めず、骨身を欲しまずにやり遂げよう、そう決心しました。

そう考えて辿り着いたのが「引きこもり」問題です。私は、引きこもり関係の本を買い込み、読み漁りました。また、各地の講演会や研修会にも積極的に参加させて貰いました。ネットで調べてみると他にも各種の勉強の仕方や教材などもあるようでしたが、その費用対効果も考え、敢えて私の勉強法を貫きました。

結論を申し上げますと、『関わる方の真心が本物であれば、引きこもりの方は必ず心のドアを開いてくれる』この一言に尽きると思います。

この私の生き方に共鳴してくれた数人の方と「有償ボランティア 引きこもり真心の会」を立ち上げました。自分の孫が引きこもりの方も手伝ってくれています。引きこもりの方に寄り添う気持ちは、全員同じです。

今の状況から脱したいと考えているご本人さま、そしてご家族の皆さま、私たちは守秘義務を守り、誠心誠意尽くします。ぜひご連絡をお待ち申し上げております。

最後にもう一言だけ付け加えさせて頂きます。私たちの会は、相談者さまのご自宅を訪問させて頂くことを基本とさせて頂いております。その有償の内容ですが、1回のご訪問につき交通費(往復代1キロ25円)と飲料水代の150円を合わせた金額を翌月にお振込みにてお支払いいただきます。例えばご相談者さまのご自宅まで片道20キロの場合ですと、総額1,150円です。なぜ有償なのか、それは相談される方の心を軽くするためです。有償ですから、当然遠慮は要りません。

もし私たちの会にご賛同いただけましたら、どうぞご遠慮なく連絡して下さい。電話でもメールでも結構です。 ~

随分と長い挨拶文だった。私はこの会が弱者を食い物にする団体かと疑ってかかったが、どうやら見当違いのようであった。とても良心的な会に思えた。躊躇せずに電話をかけてみると、受話器の向こう側には、会の代表者というホームページで見た名前の人が出た。穏やかな話し方に信頼のできる人柄が感じられた。

私は、色々なことを代表者の方に聞いたが、丁寧に応えてくれた。この会の所在地は私たちの住む地域から片道30キロメートル位の所にあり、訪問1回あたり1,650円位の料金のようだ。だが、入会金も相談料もない。まして時間の制約もないという。ネットで見るNPO法人などと比べると信じられない内容である。しかし、それだけではなかった。このひきこもり問題で一番重要なことを、会長は見抜いていた。

「どうか一度私たちの会にいらっしゃって頂けませんか?直接お会いして、ご相談させた頂きたいものですから。もちろん相談料は必要ありません」

代表者の声に「近いうちにご連絡をさせて頂きます」と言って、私は携帯を切った。その後、すぐ大川さんに電話した。大川さんは私の言うことを聞き終えると言葉を発した。

「小松さん、いつも有難うございます。是非、そのボランティアの代表の方にお会いしたいと思いますが、私一人では不安なので小松さんも一緒に行って戴けませんか?」

もちろん私は承諾した。次の日私は「有償ボランティア 引きこもり真心の会」の代表者の方に電話をした。今週の金曜日の夕方6時に私と大川さんは、ボランティアの会の事務所を訪問することになった。

大川さんに伝えると、電話の向こうですすり泣く声がした。     つづく

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