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課題テーマに挑戦「金沢市」第23回

2020年08月09日

 課題テーマに挑戦「金沢市」第23回

現在、8月9日午後6時40分です。私の部屋から見る外の風景は、夜の帳が下りようとしていますが、セミの声が凄まじく聞こえてきます。梅雨が明けてからつくばの気温は連日30度を超えて、外に出るのが億劫になります。

画像は、ウィキペディア様から拝借した「金沢市立病院」です。物語は意外な展開になりました。夕香さんは、今夜の北陸新幹線で帰京する予定です。元気になって、東京に帰れるのでしょうか?

  夕香金沢ひとり旅 第9回

第9章  教授の回顧その1(友人の外科医の友情)

夕香の衝突な言葉に教授は一瞬戸惑ったようだったが、連れの女性に子ども達を連れて先に帰るように指示を出した。

「この度は大変ご迷惑をお掛けし、本当に申し訳ありませんでした」

女性は夕香に向かって深くお辞儀をしてから、子ども達を連れて店を出た。

「さて、私に相談とは、いったいどんなことでしょう?」

教授のさりげない言葉の陰に、出来うる限りの力を尽くす所存という優しさが滲んでいた。

「私は、博士号取得を目指して、おこがましい言い方ですが論文や学会発表に日夜励んでおります。ですが、最近自分自身に自信が無くなってしまいました。疲れもあるのかも知れませんが、『専門誌や学会に迎合した研究』という、何か自分自身が浅はかな人間のような気がして、とても落ち込んでしまいました。

今回、金沢に来ましたのは、昔訪れた兼六園や金沢の美味しい料理が急に懐かしくなり、北陸新幹線『かがやき533号』に飛び乗ってしまいました。金沢は私を元気にしてくれると思ったのです」

ここで、夕香は緊張で口の中が渇いていることに気づき、コーヒーを一口含んだ。

「先ほど先生の名刺を拝見した瞬間に思いました。先生から何か一言アドバイスを頂けたら、きっと金沢に来た目的が達せられるに違いないと。初対面の先生におすがり致しましたこと、誠に恥ずかしい限りです」

教授は静かに聴いていたが「お時間は大丈夫ですか?」と夕香に確認すると、やがて独り言のように、自らの辛く苦悩に満ちた過去を話し出した。

・・・・教授のひとり言・・・・

私は、博士号を取得してから、アメリカのモンタナ大学に留学しました。日本より進んだアメリカの大学で学び、日本の第一人者になりたかったのです。私は偉くなりたくて、世界から注目される研究者になりたくて、あなたにしか言えませんが、本当にそのことばかり考えていました。ですが、研究に真摯に向き合ってきたことは嘘ではありません。

30代半ばである大学の准教授だった私は、とても生意気だったと思います。空いている学生の机に腰を掛け、パワーポイントで得意そうに講義をしておりました。居眠りをしている学生には、大きな声で叱責しました。私の講義が聞けるだけでもありがたいと思いなさいという驕りがありました。私は近いうちに教授になり、世間から一黙置かれる存在になると確信していたのです。

そんな私に危機が訪れました。数年ぶりの同窓会で会った友人の消化器外科医に何げなく話した一言がその始まりでした。

「最近、疲れているせいか食欲がなくてね」

友人はさっそく手帳を出して、私に言いました。

「来週の水曜日の午前8時に私の病院を訪ねてくれ。受付で私の名前を言ってくれれば私が迎えに行くから。前夜の9時過ぎから飲食は控えて来るように」

当日私は彼の病院に約束の8時に行きました。9時頃には、彼の診察室で腹部の触診を受けておりました。友人は「たいしたことなないと思うけど、今日は胃部レントゲンだけ念のため撮っておこうよ」と、笑顔で言いました。

それから3日位経った昼過ぎです。友人の医師から私の携帯に連絡が入りました。

「胃のレントゲンの結果は、外科仲間の読影カンファレンスでは異常なしだけれど、私にはほんの少しだけど気になるところがあってね。胃の大湾部分は丸く膨らんでいなければならないところなんだけど、ほんの一部分だけれどその丸みが板状に見えるような気がしてね。普通なら異常なしで済ませるんだけど、お前の体のことだからね。私は必要以上に神経質になっているのかもしれないね」

結局、彼の勧めで胃カメラの検査を受けることになったのです。

友人の電話から数日経ったある日、私は彼の勤める病院の内視鏡室のベッドの上におりました。まな板の鯉です。私は喉を通過するカメラの管に、窒息するような苦しさを感じていました。

「やはり何にもないよ。私の見当違いだね。でも結果としては良かったよ」

僅か数分が、私には1時間にも感じられましたが、友人はカメラを覗き込みながら安心したように言いましたが、その時です。

「あれ、ちょっと待って!」

友人の医師は感情を押し殺したような小さな声でしたが、私には何か恐ろしいものでも見つけたような、悲鳴にも似た声に聞こえたのでした。                つづく

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