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課題テーマに挑戦「銚子港」第24回

2024年02月25日

 課題テーマに挑戦「銚子港」第24回

昨日2月24日(土)、私はまだ雪の残る筑波山の梅林に行って来ました。この梅林は筑波山の中腹(標高約250メートル)にあります。我が家からは、30分も掛からない距離です。

一昨日の深夜に降った雪がまだ残っている姿に、先日行って来たばかりの「筑波山梅まつり」にまた行きたくなりました。先日も急に思い立って行ったのですが、あいにくの雨だったのです。ブログに載せる画像を撮るためでした。

雨の日には晴天の時と違った良さがあると思いました。ですが、その逆も当然あります。今回の画像は、晴れの日と雨の日の両方の画像を載せようと思っています。

1枚目から3枚目までは晴れの「梅まつり」の画像です。

白梅は7分咲きでした。

 

 

可愛い紅梅です。

 

雨の日の梅林です。この梅の木には雨の日でなければ気付かない地衣類がびっしりと共生しています。

 

雨の日には、独特の風情がありますね。

 

以下は、再び晴れの日です。奥の筑波山は雪で真っ白です。

 

梅林への途中では「がまの油売り口上」の実演が行われていました。

 

駐車場への帰り道に「つくば 観光大使」の二人のお嬢さまに会いました。

 

地衣類(ちいるい)は、菌類(主に子嚢菌や担子菌)のうち、藻類(主にシアノバクテリアあるいは緑藻)を共生させることで自活できるようになった生物である。一見ではコケ類(苔類)などにも似て見えるが、形態的にも異なり、構造は全く違うものである。(Wikipediaより)

  物語 想い出の銚子電鉄外川駅(第17話)

【翔ちゃん約束の帰省まであと一年】

翌月には由香里さんが運転免許試験に合格し、かねてより父と一緒に探しておいた、中古車ではあるけれど車も買った。買い物が億劫ではなくなり楽しくなった。今までは、食材などの荷物が重く、一度に何ヶ所ものお店を回ることはとても苦痛だった。だが、今は平気だ。短い時間に何ヶ所ものお店に行ける。

休みの日は、市外へのドライブをすることもある。先日の連休には長門湯本温泉に泊まりで出かけることが出来た。由香里さんの父は喜んでいた。由香里さんはその様子を見て、やはり運転免許を取得したことは良かったと思う。由香里さんの弟の優斗ももう直ぐ受験だけれど、ちょっとした息抜きが出来たようで、由香里さんの運転する車の中ではしゃいでいた。

由香里さんが、相変わらず松陰神社で翔ちゃんへの願掛けを行っている。由香里さんは、拝殿に立つと、翔ちゃんと逢える日が来ることを益々確信するようになっていった。だが、ふと寂しくなる。この祈願はいつ成就するのだろうか?

それから数ヶ月が経ち新緑の季節となった。その頃、東京の翔ちゃんはどうしているのだろうか?その様子を見てみることにする。

翔ちゃんは銚子電鉄の外川駅から東京の蒲田に上京し、早や2年が過ぎた。この頃から、兄からの電話の回数が増えてきたような気がしている。

「翔太、今月で東京に行ってからまる2年が経った。来年の5月までには帰って来い。俺と一緒にキンメダイ漁をして貰うからな!忘れるなよ!」

翔ちゃんの兄の口調は厳しいけれど、決して性格が悪い訳ではない。翔ちゃんは、幼い頃から兄を慕っていつも後を付いて歩いた。本当は面倒見の良い、翔ちゃんが大好きな兄だ。

この兄も、今年25歳になる。兄には、好きな女性はいないのだろうか?

銚子漁港や外川漁港で漁師として働く同級生や先輩は多い。だが、もうとっくに三十路を過ぎているというのに、独身者が多い。四十路になって、もう結婚を諦めている大先輩もいる。

この話は、以前にも少しだけ述べた。また繰り返しになってしまうけど許して欲しい。(※想い出の銚子電鉄外川駅第2話2023年05月29日付け記)

理由は簡単だ。

「板子(いたご)一枚下は地獄」という諺がある。漁師の嫁となって、未亡人にはなりたくない。

それに台風などが来たら、とても仕事にはならない。当然、収入は安定しない。農林水産省の調査によれば、個人経営漁師の年収は300万円を大きく割り込んでいる。

大企業の30歳の平均年収は500万円を超える。個人経営の漁師は全てが自己負担だ。キンメダイ魚の漁船は2千万円を超える。

全てが自己負担だ。元手の要らないサラリーマンと比較しても何も嬉しい事はない。まして、この借金の返済は楽ではない。

若い女性は、公務員や銀行員に結婚の対象として憧れている。ある女性は、遠くの都市まで通勤する。なるべく条件の良い縁を求めてである。老後の年金生活を考えても、この選択を非難することは出来ない。

漁師は仕事中に天候や事故に巻き込まれ、人命が失われたり、漁船に多大な損傷が発生したりすることもある。そんな場合のために、国から補助の負担のある保険は存在する。だが、そんなことに若い女性は興味はない。漁師の親でさえ、娘には生活と老後が約束されるサラリーマンへ嫁がせたいと思っている。

これからの近海漁業は衰退せざるを得ないのか?

翔ちゃんの東京での生活はあと一年しか残されていない。翔ちゃんも、個人経営者である漁師を取り巻く環境はもちろん理解している。

銚子に魅力がないとは思わない。市も漫然とすることなく、観光事業に力を入れ、企業誘致にも力を入れている。そして、情緒豊かな路線の銚子電鉄も銚子住民の期待に添うべく廃線を避けようと必死に対策を講じ、また現実に実行している。例えば「ぬれ煎餅」「まずい棒」などの副業だ。

地元のメディアも、新聞・ラジオなどで大いにその背中を押している。

だが、同じ銚子の中にあっても外川は変わることはない。だが、先代のキンメダイ漁の漁師たちは、知恵を出し合い「キンメダイ」のブランド化に成功した。心から敬わざるを得ない。

外川漁港の未来の為、漁獲量を制限した。釣り上げたキンメダイを子供のように慈しみ、その美しい姿のまま市場へと、そして消費者へとの届けることに成功したのだ。そのための機械化は当然必要だったが、一番は重要だったのはキンメダイへの愛情の深さだった。

翔ちゃんも、こうした先達のことは知っている。外川に生まれたことを誇りに思うこともある。

だが、翔ちゃんのいる東京は活気で溢れている。街が生き生きしている。翔ちゃんは宅建の資格を持ち、益々仕事が楽しくなって来ている。兄からの帰郷の催促の電話があるたび、決して言葉や態度には出さないように注意を払っているが、正直うっとうしいと感じることがある。

もちろん兄の言う通りだ。それは分かっている。来年の5月までの3年間だけという最初からの約束だ。男として、約束を反故することは許されない。重々承知だ。

約束は守る。きっとだ。多分・・守る。

今は兄にも父にも干渉されずに過ごしたい。美咲ちゃんを第一に考えたい。私が外川に帰ってしまったら、美咲ちゃんを悲しませる。

あと一年ある。大丈夫だ。それまでには、美咲ちゃんと確実に将来の約束をし、東京での暮らしに満足して外川に帰る。

美咲ちゃんとのデートは暫くご無沙汰だ。また、月に一度の料理講習会も、数か月前から休校状態だ。美咲ちゃんは、本来の勉強の他にも一生懸命に語学の勉強をしているらしい。

ずっと以前に私の部屋で一夜を過ごした朝に、帰り際に言った言葉を思い出す。

「私ね、今年、海外留学をしたいなって思っているの。翔ちゃん、どう思う」

その時、私は暗澹たる思いに打ちのめされたのをはっきりと憶えている。

先日の夕方、美咲ちゃんからの携帯電話が鳴った。暫くぶりだ。

「あっ 翔ちゃん? ごめんね、ご無沙汰しちゃって! 明日の水曜日、午後から授業が空いたの。だから、翔ちゃんのお部屋に行って、掃除をしてあげて、それから夕食を一緒に作って食べたいなと思っているんだけど、どう?」

翔ちゃんに、異論などある筈がない。だが、最近思うことがある。美咲ちゃんは我が儘じゃないか。美咲ちゃんとは、もう他人ではないのだ。完璧な恋人同士なのだ。もっと真剣に自分と向き合って欲しいと思う。恋人同士なら、毎日逢いたいと思うのが当たり前じゃないか?

このことは、まだ美咲ちゃんには話さないつもりだけれど、故郷の外川に帰るまでもう一年しかないのだ。早くキンメダイ漁の自分と生涯を共にするという確約が欲しい。恋人同士が必ずしも結婚するわけではないかも知れない。だから「私は、必ず翔ちゃんと結婚します」との契約書が欲しい訳ではない。でも、もっと逢いたい。もっと一緒にいたい、その気持ちが強いのだ。

男の自分が女々しいかとも思う。自分の中には確かに打算がある。それを意識するのは、辛い。目を瞑りたい。美咲ちゃんと一緒になれないとしたら、外川漁港でキンメダイ漁の漁師の私に、果たして誰かお嫁に来てくれる女性がいるのだろうか?美咲ちゃんと別れたら、私は生涯独身で暮らすことになってしまうのか?

美咲ちゃんは、午後3時に蒲田駅に来てくれることになった。それから二人で蒲田東口商店街に向かい、夕食の食材を求め、翔ちゃんのアパートで料理を作り、そして乾杯をする。翔ちゃんには、その後の望みはあるけれど内緒だ。

翔ちゃんは美咲ちゃんと何を食べたいかを考える。何を作りたいかを考える。少しハードルが高いかも知れないが八宝菜はどうだろう?いつか近所の中華屋さんで食べた時、とっても旨かった。素人では無理だろうか?美咲ちゃんと相談してみようと思った。

約束の3時少し前に美咲ちゃんは、駅の東側のタクシー乗り場に、即ち翔ちゃんの待っている所に姿を現した。美咲ちゃんの頬は薄いピンク色に染まっている。化粧をしている。二十歳を過ぎているのだ。当然だと思う。赤く塗られた美咲ちゃんの唇も翔ちゃんには眩しい。美咲ちゃんは人生の中で、最も美しく輝く季節の真っただ中なのだ。

♪・・いのち短し 恋せよ乙女 紅き唇 褪せぬ間に・・♪

ふと、いつかラジオで聞いた歌の歌詞が浮かんだ。女性が最も煌めき輝く若い日を、こんな自分に捧げてくれているのかと思うと、翔ちゃんは美咲ちゃんがより愛おしくなる。

思わず口をついて出た。

「美咲ちゃん、今日の美咲ちゃんはとっても綺麗だよ!一緒に歩いて何か誇らしい気持ちだよ。とっても嬉しいよ」

美咲ちゃんは白い歯を見せて笑った。美咲ちゃんも、翔ちゃんに逢えたのが嬉しくて堪らない。でも、今日は翔ちゃんにあることを話さなければならない。相当の覚悟を秘めて蒲田にやって来たのだった。だが、この時の翔ちゃんには知る由もない。

「それで、翔ちゃん、今夜の夕食何が食べたい?」

商店街の本屋さんを過ぎた辺りに来た時、急に美咲ちゃんは繋いだ手をそのままにして、翔ちゃんの前に躍り出た。そして、目と目がくっついてしまうくらい顔を近づけて言った。

「あのう 今夜は八宝菜の作り方を教えて貰おうかなと思っているんだけど。どう?」

途端に美咲ちゃんは満面の笑みを見せながら言った。

「八宝菜、うん、なかなか良いアイデアでござる!褒めてつかわす。拙者、八宝菜は得意料理ゆえお任せなされ~」

美咲ちゃんも、嬉しいのだ。だが、忙しい美咲ちゃんがNHKの大河ラマなど見ている暇はない筈だ。美咲ちゃんの時々のこうした言葉を使いは、翔ちゃんを一瞬驚かせる。特に嫌ではない。美咲ちゃんらしいユーモアだ。

「これからは、真面目に話すね。翔ちゃん、じゃあ、先ず何から買う?食材のメモは持って来たの?」

美咲ちゃんには負んぶに抱っこだ。情けないと思われても仕方がない。八宝菜の食材が何であるかも調べていない。

「しょうがないわね、翔ちゃんは。じゃあ、八百屋さんに先ず行きましょう。冷蔵庫には何か野菜が入っているの?」

翔ちゃんは、最近あまり自炊をしていない。冷蔵庫の中の野菜など記憶にない。ただ、だいぶ前に買った玉ネギだけが2つか3つ残っているのは憶えている。美咲ちゃんは「男所帯の台所だ。期待する私の方がおかしい」と独り言を言いながら、八百屋さんの店先に入って行った。

八百屋のおじさんはくたびれた帽子を被っている。この帽子は多分市場の競りの時に使っているのだろうと翔ちゃんは思った。

美咲ちゃんは、今晩の食材にしては多すぎる思われる量を買った。以前美咲ちゃんが自ら言った「美咲シェフ 栄えある料理教室第1回」のカレー作りの時も、食材を多めに買った。それは、翔ちゃんが翌日の自炊でも使えるようにとの思いやりからだった。今回も、同じに違いない。

美咲ちゃんが買い物をしている時に、翔ちゃんはネットで実際に作る際の八宝菜の食材(2~3人前)を調べてみた。

白菜4分の1・豚肉100グラム・片栗粉大さじ1杯・玉ねぎ2分の1・人参3分の1・ シイタケ2個・ むき海老好きなだけ・ウズラの卵6個・キクラゲ適量・その他日本酒・砂糖・胡椒・サラダ油などだ。

当然、片栗粉大さじ一杯とはいかない。シイタケも2個という訳にもいかない。その他も同じだ。余ったら次回の料理に使えば良い話だ。食後のデザートにイチゴも買った。八百屋さんでの買い物が済み、次に肉屋さんに寄った。お店の元気のよい中年の店主に美咲ちゃんは言った。

「豚バラ肉100グラムだけ頂けますか?八宝菜用なんです」

銚子の外川生まれ翔ちゃんには、豚肉を100グラムだけ等とは恥ずかしくて言えない。美咲ちゃんは、もう都会の人だ。少しも臆することがない。逞しささえ感じられる。

帰りがけにお惣菜のお店に寄り、ポテトサラダと「野菜と揚げ天の煮しめ」を買った。美咲ちゃんは、つまみ用として、チーズ入りチキンカツを一人前追加した。アパートの近くの酒屋さんでは、美咲ちゃんは赤ワイン、翔ちゃんは缶ビールを3本買った。

アパートの自室に入ると、翔ちゃんは我慢出来ずに美咲ちゃんを抱きしめ、口づけをした。いつものように甘く柔らかい唇だ。美咲ちゃんも期待していたかのように、両手を私の首に巻き付けた。

言葉は要らなかった。こうして抱擁していれば、二人の心は通い合う。美咲ちゃんは目を閉じている。不思議だと思う。この時、美咲ちゃんはいつも目を閉じる。翔ちゃんは、逆だ。そんなことはどうでも良い。幸せだ。

二人の抱擁はしばらく続いた。やがて美咲ちゃんの顔から離れ、翔ちゃんは美咲ちゃんの目を見ながら言った。

「今夜は、泊まって明日の朝、早く帰れば?」

一瞬、美咲ちゃんは迷ったような素振りをみせたが、うなずいた。女性の演技に男は敵わない。美咲ちゃんは既に来る前から決めていたのだ。

「翔ちゃん、明日の朝はゆっくりでも大丈夫。授業は午後からだから。それよりお腹がすいちゃった!早く、八宝菜を作って食べようよ!」

美咲ちゃんは、今晩泊まってくれると言う。翔ちゃんの胸の鼓動が激しくなった。男は単純だ。嬉しさを隠せない。

【美咲ちゃんの八宝菜作り】

美咲ちゃんは慣れた手つきでさっそく八宝菜作りに入った。各具材をそれぞれ、適当な大きさに切った。人参は短冊切りだ。キクラゲはボールの水に浸した。

それから豚肉に塩・こしょうを振りかけ、次に片栗粉をまぶした。フライパンにごま油を入れて強く熱し、先ほどの豚肉を炒め、火が通ったら皿にいったん置いた。

次に同じフライパンに玉ねぎが飴色になるまで炒め、次に人参を入れる。少し炒めてからシイタケ・むき海老・キクラゲを入れ強火で火を通していく。更に、白菜を入れ、先ほどの豚肉も入れる。白菜がしんなりしたところで、塩・胡椒を振りかけ、少ししてから水を1カップ入れる。

更に、鶏がらスープの素と醤油それから砂糖を小さじ一杯、また酒は大さじ一杯を入れた。そこにウズラの卵6個を入れ、水溶き片栗粉を回し入れた。2分ほど強火で炒めて完成だ。

翔ちゃんは、美咲ちゃんが八宝菜の料理に掛り始めてから、米を2合研いで炊飯器のスイッチを入れた。本当は、30分位浸しておいた方が良いのだけれど、八宝菜の完成のあと、ビールやワインを楽しんだ頃に炊き上がるよう設定した。

今回もだけれど、美咲ちゃんの鮮やかな手さばきは説明が出来ないほど流暢だ。

独り暮らしの翔ちゃんのテーブルはやや小さめな食卓兼座卓だ。その上に、ポテトサラダや煮しめ更にはチーズ入りチキンカツを置いた。もちろん八宝菜も置いたが、テーブルには隙間がなく、ワインのボトルと2本のビールはトレイの上に置いた。

翔ちゃんが興奮して言った。

「美咲ちゃん、食べ切れないかも。美味しそうだね!」

コルクをワインオープナーで抜き取り、ワイングラスに翔ちゃんが注ぎ、今度は美咲ちゃんが翔ちゃっんの持つグラスになみなにとビールを注いだ。

「かんぱーい!」

翔ちゃんは美咲ちゃんが今夜泊ってくれると聞いた時から、テンションが上がっている。若い者なら当然だ。コップのビールを一気に空にした。

「翔ちゃん、少しペースが速いんじゃないの?今夜は、時間はたくさんあるんだから、ゆっくり楽しみましょうね」

美咲ちゃんは、翔ちゃんと違い心から楽しめない。重大な打ち明け話しが、この楽しい二人だけの夕餉の後に待っているからだ。

朝から翔ちゃんはろくな物を食べていない。朝食は、菓子パンと牛乳だけだし、昼ごはんは美咲ちゃんとの豪華な晩餐のためにカップラーメンで済ませた。

ビールは既に2本目に入った。ワイングラスはまだ殆んど減らない。

ポテトサラダはもう無くなりそうだ。八宝菜もご飯のおかずにする筈なのに、翔ちゃんの箸のスピードには勝てず、もう半分しか残っていない。

「美咲ちゃん、ワインもう少し飲んだら?それに、八宝菜はこの前、近くの中華屋さんで食べたものよりずっと美味しいよ!『野菜と揚げ天の煮しめ』も美味いけど、外川で母親が作ってくれたポテトサラダが懐かしくてね。いつも、あの店の前を通ると買っちゃうんだ」

翔ちゃんの頬が少し赤みを帯びてきた。美咲ちゃんと言えば、ワインを口にしているにも拘らず、珍しくいつものピンクに頬が染まらない。ワインのお代わりもしない。

翔ちゃんは美咲ちゃんと一緒の喜びに、そしてビールのアルコールにも酔っている。美咲ちゃんの異変に気付かない。

やや小さめの食卓の上の皿が空になりそうな頃合いを見計らって、美咲ちゃんは台所に行き、イチゴを水洗いにしてから下手を取った。このイチゴは「とちおとめ 」だ。栃木産だ。

とちおとめは、味が濃い。それに酸味と甘みのバランスが抜群だ。だが、その美味しさはビールに酔った舌には届かない。

翔ちゃんは、ビールを結局3本飲んだ。全部の皿が空になった。

満腹だ。美咲ちゃんも傍にいる。これを至福と言わずして、なんと言おう!

翔ちゃんは、美咲ちゃんの隣に座りなおした。美咲ちゃんは、今日は帰らない。朝まで一緒だ。

美咲ちゃんの肩に手をやり、美咲ちゃんに口づけをしようとした。とっさに美咲ちゃんは、右手の平で翔ちゃんの唇を覆った。

「翔ちゃん、聞いて欲しいことがあるの!前にお泊りした時、帰る間際に言ったことなんだけど、私、留学したいの!9月からカナダかオーストラリアに海外留学するつもりなの。翔ちゃんに、怖くて話せずにいたんだけど、でも、いつまでも逃げていられないので、今日は話そうと覚悟して来たの!」

あの時の、青天の霹靂の記憶が蘇ってきた。

「美咲ちゃん、僕は美咲ちゃんのためなら、どんなことでも辛抱するよ。美咲ちゃんのためなら、何でもするよ。でも、2週間か長くてもひと月くらいなんだろ?」

美咲ちゃんは、首を横に振った。

「ごめんね。翔ちゃん、私の目標のレベルには最低でも2年間の期間がないと駄目なの」

まただ。あの時も幸せの夢うつつから、一瞬にして奈落の底に突き落とされた。今も、そうだ。美咲ちゃんの存在そのものと、ビールそれに美味しい料理を満喫し、甘美な一夜の空想に胸の高まりを抑えられずにいるこの瞬間にだ。

翔ちゃんの気持ちは、萎えた。翔ちゃんにも良く分からない。体中からエネルギーが消え、妙な脱力感に襲われ、呼吸をするのさえ辛くなった。

「美咲ちゃん、美咲ちゃんが大好きだし、美咲ちゃんのしたいことには反対はしないよ。だけど、2年間は長すぎるよ!」

翔ちゃんの哀願するような言葉と態度に、美咲ちゃんは狼狽した。美咲ちゃんは、翔ちゃんが悲しい顔をするだろうと予想はしていた。辛い思いをさせることも重々承知していた。だから、食欲が失せ、ワインに酔うことも出来なかった。

今は、お互いに冷静になる時間が必要だ。翔ちゃんならきっと分かってくれる。

この気持ちのまま、翔ちゃんの寝具の中で一夜を共にすることは出来ない!

「翔ちゃん、ごめんね。明日の朝、教授と論文の件で相談することになっていたのをすっかり忘れていたわ。台所を片付けたら、私、帰るね」

急いで、美咲ちゃんはフライパンや食器を洗い始めた。翔ちゃんは、美咲ちゃんに何があったのかと、呆然として立ちつくすばかりだった。

エプロンを外し鞄を抱え帰ろうとした美咲ちゃんの肩を抱き、翔ちゃんは口づけをしようとした。が、美咲ちゃんは横を向いて避けた。

「翔ちゃん、ごめんね。私がいけないの。翔ちゃんにもっと前から上手にお話ししていたら、翔ちゃんに嫌な思いをかけずに済んだのに。ごめんね。また、近いうちに夕ご飯を作りに来るね」

美咲ちゃんは、翔ちゃんの胸にうずくまって囁いた。だが、次の瞬間、美咲ちゃんの姿はドアの閉まる音と共に消えてしまった。                       つづく

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