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創作の小部屋 第4回「トッカリショの伝説」

2017年11月14日

 

 トッカリショの伝説

皆さんは、「トッカリショ」という地名をご存知でしょうか?トッカリショは、北海道の室蘭市にあるとても美しい所です。トッカリショの意味はアイヌ語で、「アザラシがたくさん獲れるところ」というのだそうです。このことは、アイヌ語に詳しい富田隆さんという方にお教えいただきました。

私は北海道を何度か訪れていますが、この地名は知りませんでした。北海道の名所を作詞にしたいと考え、フォト仲間の菻芙さんにどこか紹介して頂こうと相談したところ、トッカリショをご紹介くださいました。また、画像もたくさん頂きました。

 

この「トッカリショ」を舞台にした物語を作り作詞をしました。完成しました作詞「トッカリショの伝説」は、16年の8月1日のブログをご参照頂きますようお願い致します。

 トッカリショの伝説

第Ⅰ章 出逢い

ある日、漁師のセルゲイは、漁釣りからトッカリショの浜に帰りました。今回の漁も海は穏やかで、船の生け簀はたくさんの魚で一杯でした。セルゲイが、岸に船をつなごうとしたその時です。

何気なく漁具を置く小屋に目をやりますと、若い娘が倒れているではありませんか。セルゲイは、初夏の近い浜に飛び降り、娘の元に駆け寄りました。たいそう美しいその娘は、かすかに息をしておりました。

船から魚を取りだすことも忘れて、セルゲイは娘を背負い家に帰りました。セルゲイは母親と妹の3人で住んでいました。母と妹は織物をしておりましたが、とても驚いて、足をさすったり、額に水に浸した布を当てたりと、娘の回復を心から待ち望みました。

次の日の朝、娘の意識が戻りました。暖かい飲み物を口にすると、娘は少しずつ事の成り行きを話し始めました。

娘は隣の村から、トリッショ近くまで山菜取りに来たそうで、初めての土地で山の中で迷ってしまい、数日飲まず食わずで彷徨い続けたそうです。やっと海が見えたので浜に降り立ったのだけれど、そこで急に眩暈がしたのだそうです。そして、そこから先は覚えていないとのことでした。

娘の名はイサエマツと言いました。独身で齢が17歳なのは、彫られた刺青で分かりました。セルゲイの母の「体力が回復するまで、2~3日ゆっくりした方が良い。」との言葉をイサエマツも受け入れ、そうすることに決めました。

海の新鮮な魚や貝などを食べたイサエマツは、若いこともあってたちまち元気になりました。

隣村のイサエマツの家へは、セルゲイと妹のイコレイレマツが送って行くことになりました。それは、セルゲイの母の考えです。セルゲイは、今年20歳になります。イサエマツの親に誤解されないようにとの、母親の知恵でした。

半日も山道を歩きました。途中のどが渇くと沢の水をのみ、懐の煮干しを3人は食べながら歩きました。やっと、イサエマツの家に着くと、イサエマツの父親のアイヤニは涙を流して喜びました。

イサエマツの父親は、娘が帰ってこないので村中の人に声をかけ、探し回ったそうです。ですが、何一つ手掛かりがつかめず、村人の「神隠しに逢ったのだろう。」との言葉を信じ、諦めかけていたとのことでした。

 

第2章 二人の絆

その晩は、イサエマツの家に泊まり、次の朝早く帰ることになりました。

母親はイサエマツが幼い頃に亡くなり、父親のアイヤニがずっと男手一つで育てたことが分かりました。それゆえ、尚更イサエマツが行方不明となり、気が狂わんばかりに探し回ったことは当然のことでした。

イサエマツから、事の真相を聞いたアイヤニは、涙を流しながら、セルゲイ兄妹に感謝の言葉を何度もなんども繰り返し、トノトという稗(ひえ)から造った貴重な酒をセルゲイに勧めました。

翌日、稗のおかゆの朝食が済むと、セルゲイとイコレイレマツは帰る支度を始めました。イサエマツの父親はお土産だと言いながら、鹿やウサギの毛皮をたくさん紐で縛りセルゲイに持たせました。また、セルゲイの母親へも、お礼の言葉を伝えてくれるよう頭を深く下げながら頼みました。

アイヤニは「ぜひ、また近いうちに一緒に酒を飲もう!」と言いながらイサエマツに途中まで送るように命じ、二人を見送りました。

今度は3人で、セルゲイの村に向って山の中を歩き始めました。

妹のイコレイレマツは、二人の少し後を歩きました。イコレイレマツは分かっていました。セルゲイとイサエマツの二人がお互いに好意を持っているということを。

イサエマツは、下を向いて歩いていました。セルゲイは、何か話がしたいのだけれど、何を言えばよいのか言葉が見つからず、ただただ顔が熱くなるばかりでした。

1時間近く歩いてから、イサエマツと別れる場所まで来ました。セルゲイは、やっと重い口を開きました。

「また・・・また遊びに行ってもいい?」

イサエマツは、真っ赤な顔をして頷きました。でもその顔は、別れるのが辛いイサエマツの頬が、陽に当たって濡れているのが分かりました。

それから半月が過ぎたころ、セルゲイは一人でイサエマツの家に行きました。両手には、魚や貝の保存食をたくさん持って。

イサエマツの父親は今度もたいそう喜んで、稗のお酒を盛んに勧めました。イサエマツは、大豆やジャガイモ・大根などの保存食を料理して、大きな皿によそって二人の前に並べました。イサエマツのその顔は、半月前の別れの時と違って、輝いていました。

イサエマツの父親は、幼い頃イサエマツが高い熱を出し、何度も死にかけたことを話しながら涙ぐみました。今一番の望みは、早く嫁にもらってくれる人が現れることだと、宙を見つめながら言いました。

セルゲイはその瞬間、イサエマツの横顔を盗み見しました。イサエマツも同時にセルゲイを見つめ返しました。その澄んだ瞳の奥には、強い願望が秘められていることにセルゲイは気付きました。同時にイサエマツも、セルゲイの自分を見つめる姿に深い愛情を感じ取りました。

娘の命の恩人であるセルゲイをすっかり気に入った父親のアイヤニは、帰りしな「今度は、いつ来る?」と催促しました。

そうしてまた、イサエマツに途中まで送ることを命じ、たくさんのお土産を渡すことを忘れませんでした。

イサエマツとセルゲイは、お互いの心の内を知ることが出来ましたので、今度は会話も前よりはずっと楽にできました。

「イサエマツちゃん、今度お父さんと家に遊びに来ない?母も、イサエマツちゃんのお父さんに会いたがっているから。」

「うん、またセルゲイさんのお母さんの料理が食べたい!私のお母さんが小さいときに死んじゃったので、セルゲイさんのお母さんが、私の本当のお母さんのような気がするの。」

二人は、いつか手をつないでいました。セルゲイの大きな節くれだった指が、イサエマツには頼もしく感じられました。またセルゲイは、早くに母親を亡くしながらも健気に生きているイサエマツが、抱きしめたくなるほど愛しくてなりませんでした。二人のつなぐ手の先には、バラ色の世界が待っているかのようでした。  (つづく)    

 

 

第3章 イサエマツの父の戯れ

イサエマツを男手一つで育てたアイヤニは、セルゲイに対し娘の命の恩人という以上に、娘の近い将来の婿として実の親になったように感じていました。

ですが、幼い時からどれほど苦労して育ててきたかを意識せずとも、一人娘の心を虜にしたセルゲイに対し、嫉妬のような感情が芽生え始めていたことに、アイヤニはまだ気付いていませんでした。

ある日、遊びに来たセルゲイと3人での夕餉の時に、少し稗のお酒が回っていたアイヤニは、半分笑いながら言い出しました。

「セルゲイ、わしが大事に育てたイサエマツを嫁にやるんだから、わしの頼みも聞いてくれ。セルゲイの住むトッカリショの沖には、幻の魚と言われている金色の魚が泳いでいると聞いたことがある。セルゲイ、生きている間にどうしても、その幻の魚を見てみたい。わしのために捕って来てくれ!」

セルゲイとイサエマツはびっくりして、顔を見合わせました。確かにセルゲイも金色の幻の魚の話は聞いたことはありましたが、一度も見たことはありません。

ですが、少し稗のお酒に酔っていたセルゲイは、思わず言ってしまいました。

「分かりました。必ず捕ってきます。今から家に帰り、明日の朝早くに船を出します。待っていて下さい。」

セルゲイのことばに、イサエマツは驚いて止めました。

「幻の金色の魚は、誰も獲ったことがないんでしょ?お父さん、何でそんな無理なことを言うの?セルゲイさん、お願いだからそんなことやめて!」

アイヤニも本当に、セルゲイが幻の魚を捕りに行くと返事をするとは思ってもいませんんでした。軽い冗談というより、ちょっとセルゲイを困らせて、苛めてみたかっただけなのでした。言ってしまってから失敗したと反省しました。

若いセルゲイは、男が一度口にしたことを撤回することは恥と考えていましたので、後戻りは出来ないと腹を括りました。

イサエマツとアイヤニに止められたセルゲイは、「心配しないでも大丈夫。」と夜道を我が家に引き返しました。後から、イサエマツが追って来ましたが、優しく言い聞かせました。

「イサエマツちゃん、男が一度口にしたからには、出来なくとも挑戦しないと恥ずかしい。もし、どうしても駄目なときは観念して、お父さんに謝るから心配しないで大丈夫。数日で戻るからね。」

そのことばにイサエマツは父親の元に帰りましたが、夜、床に入っても寝付かれないイサエマツでした。何か言いようのない不安に駆られるのでした。

 

第4章 にわかに荒れ出した海

セルゲイは、前の晩にイサエマツの父親に話したように、夜明けを待って船を出すことにしました。イサエマツの家から我が家に辿り着いたのは、夜明けの数時間前でした。セルゲイの母親も妹のイコレイレマツも無理だからやめた方がいいと反対しましたが、イサエマツに話したように二人に話し、説得しました。

船に積んだのは、2日分の干物の食料と水、それに釣竿と網、それに塩漬けした餌用のイカとサバの切り身だけでした。トカリッショの夜明けは、それは美しいものでした。海は黄金色に輝き、陽の当たらない、モリのように尖ったような岩陰は、濃い藍色をしていました。

波はなく、セルゲイの船は滑るように沖に向い進み続けました。

「幻の金色の魚って、どんな魚なのだろう?」

セルゲイは想像しながら、ただ沖に向って漕ぎ続けました。

大分陽が高くなってきた頃、セルゲイは船を止め、竿を出すことにしました。何しろ初めての事ですから、エサは何が良いのかもわかりません。とにかくイカの切り身を針先に付けて竿を出し、しばらく様子を見ることにしました。

やっと一段落し、朝から何も食べていないことに気づきました。すると急にお腹が鳴りだしました。水を飲み、予め焼いたおいた干物を食べると、ひと心地がつきました。

いきなりです。ググッと竿先がしなり、何かが掛かりました。セルゲイは、漁師です。慌てることなく、ゆっくり獲物が弱るまで竿を立てて待ちました。

やがて水面に姿を現した魚は、約40cmの真鱈でした。もちろん初めから幻の金色の魚を期待していた訳ではありませんが、少しガッカリしました。

今度は、サバの切り身を針先に付け、また竿を振り出しました。まだ竿を出して僅かな時が流れたに過ぎず焦る必要はなかったのですが、イサエマツが心配していると思うと、何とか早く釣り上げたいものだと思わずにはいられませんでした。

塩漬けのイカとサバを替えながら、セルゲイが何度も竿を出す度に、何かしらの魚が釣れましたが、今まで何度も釣り上げたことのある魚ばかりで、金色の魚が掛かることはありませんでした。

時も大分たった頃、取りあえず今回は諦めることにしました。今日は無理でも、また明日もある。セルゲイは、そう考えました。

ふと見上げた空が、異常に黒い雲に覆われ始めていることに、竿先に集中していたセルゲイは、初めて気が付きました。この黒い雲が、今は静かな海を荒れ狂う海に豹変させることを、セルゲイは今までの経験から知っていました。

竿をしまい、急いでトッカリショの浜に向い漕ぎ出しました。黒い雲は、セルゲイの小さな船のことなど一切無視するように、空一面に張出ました。

「これは、暴風雨になる。一時も早くトッカリショにもどらなくては!」

セルゲイは、必死に漕ぎ続けました。しかし、何とか幻の金色の魚を釣りたい一心で、相当沖合まで来てしまいましたので、そう簡単にトッカリショの海岸に帰ることは出来ませんでした。

普通ならトッカリショの岬が見え始める海で、セルゲイの船は1枚の木の葉のように、嵐の中でただ成り行きにその身を任せていました。

「イサエマツに会うまでは、乗り越えなくては!何としても生き延びなければ!イサエマツを悲しませることだけはしてはならない!」

 セルゲイは、神に祈りました。

         ・・・愛する人に会わせて欲しい

                        愛する人を悲しませないで欲しい・・・

荒れ狂う海からは、トッカリショの岬は見えず、セルゲイの船は大きく上下左右に飛び交いながら、浮かんでいました。

その時です。一際大きな波が、セルゲイの船を襲いました。

 

第5章 哀れイサエマツ

イサエマツは、自宅近くの山で山菜採りをしていましたが、強い風が吹き始めたので家に帰りました。

「セルゲイさんは、今日沖に出ている筈だけれど、大丈夫かしら?」

どうしようもない不安に、胸が押しつぶされそうなイサエマツでした。

次の日、イサエマツは眠れぬままに朝を迎え、セルゲイの家に向いました。父親のアイヤニも目を真っ赤にし、イサエマツを送り出しました。

セルゲイの家では、母親と妹のイコレイレマツがやはり一睡もせずに、夜明けと嵐の収まるのを待っていました。イサエマツが、セルゲイの家に着くころは、皮肉にもトッカリショの海はいつもの美しい姿のままでした。

3人は、浜に出てみましたが、特に変わったことはありませんでしたが、いつもなら置いてある筈のセルゲイの船は、小屋の中にも浜にもありませんでした。涙を流しながら、セルゲイの母親が言いました。

「イサエマツちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。セルゲイは、きっと生きている。イサエマツちゃんを残して、死ぬはずがない!必ずどこかで生きている。だから諦めないで!」

そのことばは、イサエマツだけではなく、イコレイレマツに、そして自分に言い聞かせているようでした。3人は、いつまでも、いつまでも沖を見つめて佇んでいました。

あの日から、10日が過ぎました。セルゲイは、やはり帰っては来ませんでした。イサエマツは、セルゲイの家に泊まったり、家から通ったりしながら、トカリッショの浜で、沖を見続けました。

食べ物も喉を通らず,美しい容姿もふっくらとしたピンクの頬も肉が削げ、もはやすっかり以前の面影を失くしてしまいました。今日も、家からこのトッカリショの浜にやって来ましたが、その足取りは老婆のようでした。

 それから数日して、イサエマツは浜で待つことを止めて、トッカリショの岬の上に登りました。岩にかじり付くようにしてやっと上ったイサエマツの瞳の中には、大きな決心が秘められていたのでした。

「だれが悪い訳ではないけど、私の愛する人は、もうこの世にはいないの?もし、今日逢えないなら・・その時は・・その時は・・!」

イサエマツは枯れたはずの涙をまた流しました。ただじっと沖を見つめて泣いているイサエマツの姿は、哀れを超えていました。

とても永い間、水平線の彼方を見つめていました。やがて夕闇が迫ろうとしていました。

「あの人は、ついに帰って来なかった。遠い所に行ってしまったのなら、私の方から逢いに行かなければ・・・!!」

イサエマツは、擦り切れそうな草履を脱ぐと岩陰に揃えて置きました。

 

終章 二つのお墓

岬の上の岩陰に揃って置いてある草履に気付いたイサエマツの父アイヤニは、イサエマツが覚悟のうえで飛沫の中に消えたことを知りました。

アイヤニは、せめて娘の亡骸を葬ろうと必死に浜や岩陰を探しましたが、いくら探しても見つかりませんでした。

「わしは、何と罪深い男なのじゃろう!このわしの愚かな戯れで、若い二つの命を奪ってしまった。わしは、この先どう生きて行けば神に許されるのだろうか?」

アイヤニは、トッカリショの岬の隅に、小さな亡骸のない二つのお墓を作りました。墓といっても、浜から拾った石を二つ並べ、二人の形見を埋めただけの粗末な墓でした。それでも、アイヤニ・セルゲイの母・セルゲイの妹イコレイレマツの3人は、両手を合わせました。3人の願いは同じでした。

 セルゲイとイサエマツが あの世で きっと幸せになっていますように! 

その墓石の辺りには、蝦夷黄菅(エゾキスゲ)の黄色い花が、二人を見守るようにたくさん咲いていました。

アイヤニはその後、この二つの墓に週に一度は通い、セルゲイとイサエマツに詫びながら二人の墓を守り続けました。それは、アイヤニが82歳で亡くなるまで続いたとのことです。(終わり)

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