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創作の小部屋「独居老人のひとり言」第24回

2019年05月18日

 「独居老人のひとり言」第24回

もう今回で「独居老人のひとり言」も第24回になります。このホームページは、作詞を目的としたものですので、いつまでも物語を続けている訳にはいかないのですが、つい横道に逸れて歩き続けてしまいます。

平成時代の高齢者の姿を、主人公の声を通して表現したいと考えて始めたのですが、物語は意外な方向に進んでしまいました。初めの趣旨にそった方向に早くもどりたいと考えてはいるのですが。

  「独居老人のひとり言」第24回

第23章 高齢者の性の問題

私が50歳になった頃、妻と寝室を別にした。妻と諍いがあった訳ではない。私はその年になってもまだ昼夜交代勤務をしていた。この年になっての夜勤の疲れは、数日尾を引く。そういう状況の中、会社は私をあるチームの副責任者に抜擢した。

中卒と言えでも、私には長い経験がある。そしていつも真剣に仕事に向き合う。有給休暇を取った覚えも殆どない。その辺が評価されたらしい。本来の仕事の他に、部下の指導や会議の資料作りなどで忙殺された。夜遅く妻が読書を終えて、私の隣の布団に潜り込むかすかな音にも、私は目が覚めてしまうほど、心身ともに疲弊していた。そんな状態のある日、妻が言った。

「お父さん、最近大分疲れているでしょう?私には良く分かります。夜も、熟睡できないみたいだし。ご飯もあまり進まないし。私は、心配で・・・。お父さん、夜勤の仕事が免除される55歳になるまで、お父さん、別々の部屋で寝ましょうよ。別々と言っても、隣の部屋だし。夜は、気兼ねなくゆっくり休んで欲しいんです。」

その日から私たち夫婦は、寝室を別にした。この時期には、私たち夫婦には夜の営みは既になく、私は妻の意見に従った。

話しを元に戻すことにする。現在、私は還暦を過ぎた63歳の高齢の身である。妻と寝室を別にする以前から、私は既に“男”としての自覚はなかった。友人とそういう性に関する話はしなかったし、世間の平均的な夫婦の性生活についての知識もなく、特に関心もなかった。

大川さんと親しくなって、初めて自分は“男”であるということを、今更ながら意識せざるを得なかった。それまでは、妻以外の人を好きになったり、ましてや抱きしめたりすることなど、夢でさえも考えられないことであった。

私は、高齢者の性について考えてみることにした。私は男なので、特に女性の性に関する意識について知りたかった。ただ、大川さんは、50代の後半である。高齢者ではない。しかし、女性として基本的には同じ筈である。

-人間の欲求について-

人間の欲求には体と心の2種類の欲求があるという。一つは生理的欲求であり、もう一つは社会的欲求であるという。

1、生理的欲求とは、食欲・睡眠欲・性欲の3大欲求である

2、社会的欲求とは、おおよそ次のような事である

  〇お金や財産がもっと欲しい

  〇他の人より優れていたい

  〇尊敬されたい

  〇集団に加わりたい

  〇嫌いな人を排除したい

この生理的欲求の3大欲求の中で特に問題なのは“性欲”である。眠れない、食欲がない等の悩みは、少し親しい間柄なら誰に対しても恥かしくなく平気で相談できる。家族なら尚更だ。しかし、“性の悩み”だけは相談すら難しい。まして老人の身では「いい年をして!」と罵倒される恐れさえある。

-高齢女性の性に関する意識について-

〇ある有名女性評論家の性への意識

いつだったか、有名な女性評論家が、新聞の人生相談の回答で女性の性について語ったことを覚えている。この評論家は高齢の方であったが、今でも恋愛について憧れていると言う。しかし自らの高齢から招いた容姿や、社会的立場から諦めているという。私は思った。高齢で、しかも高い見識のある女性でさえも、やはり性には関心があるのだと。この有名な評論家は自らの肩書に縛られることなく、素直な心を曝け出して、相談者に向き合う姿には感動した。

〇大岡越前の母の性への意識

また性についての「大岡裁き」とう有名なエピソードがある。江戸時代、大岡越前守が、不貞を働いた男女の取り調べで、女性からの誘いに乗ってしまったとの男の釈明に納得がいかなかったという。その訳は、被告の女が40代の年増女であったからである。江戸時代で40代ならば、現代の感覚に変換すると60代以上に匹敵するかも知れない年である。その女が、男を誘うこと等あり得ることなのか?このことがどうしても気になった大岡越前は、誰かに聞く訳にもいかず、悩んだあげく母に尋ねた。

『母上、おなごというものは、一体いくつになるまで殿方と閨房にて睦み事をなさりたいと思うのでございますか?』

それを聞いた母は、無言で火鉢の中の灰を差して席を立ったという。その所作を見て、大岡越前は悟った。女性の性欲とは、死んで灰になるまであるものだと。これで疑問がすべて解けた大岡越前は、お白洲での裁きを申し渡したそうだ。

私は個人的に、ある老人施設で入所者の男女が裸のまま抱き合っていたという話を聞いたことがある。また、こうした施設の中での男女間のトラブルが多いということも聴いたことがある。

以上のことだけで、すべての女性に当てはまるとは言えないけれど、高い確率で真実を現しているのではないかと思う。であれば、おおよその女性は何歳になっても性に対する欲求があるということになる。大川さんの私に対する好意には、そうした欲求が無意識にでも働いているのだろうか?あるいは私の独り相撲で、そうした考えなど大川さんの深層心理にさえ微塵もないのかも知れない。もっとも、私には“男”としての機能は既に失われている可能性が高い。

私は、これからどう大川さんに接していったら良いのか、皆目見当がつかなかった。     つづく

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