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創作の小部屋「身を挺して飼い犬を守った女性」前編

2021年01月23日

 「身を挺して飼い犬を守った女性」前編

ここつくばは、朝から冷たい雨が降っています。明日も一日雨のようです。天気予報では、明日のつくばの最低気温は2℃で、雨が雪に変わる可能性もあるようです。

屋根の雪下ろしをしていて亡くなられたというニュースを時々見ますが、とても悲しくなります。先日、自宅周辺で除雪作業を手伝っていた女の子が屋根から落ちた雪に埋もれましたが、近所の人の救助で軽症で済んだと記事を目にし、とても嬉しく爽やかな気持ちになりました。

今回の「創作の小部屋」は昨年の秋に本当にあった、女性が飼い犬を身を挺して守ったという話を2回に分けて書き記していきたいと思っています。今日は前編の部分しか書けませんでしたが、事の凄まじさを上手に表現できましたなら次回は壮絶な内容になる筈です。事実とは異なる内容も演出として一部含んでおります。

  身を挺して飼い犬を守った女性 前編

私は、中小企業で経理の仕事をしている秀子と申します。私は結婚して30年になります。子供が欲しくて40歳近くまで不妊外来に通いました。随分とお金も時間も使いましたが、努力の甲斐もなく子どもを授かることはできませんでした。

子どもを持つことを諦めかけていた40歳の誕生日を迎えようとしていたある日の金曜日、主人が柴犬の子犬を連れて帰りました。主人の話しですと同僚の家で子犬が3匹産まれ、貰って欲しいと頼まれたそうです。もしかしたら、わざわざ私のためにペットショップで買ってきてくれたのかも知れません。私はその柴犬が即座に気に入ってしまいました。一目ぼれでした。私が、太郎と名付けました。

それはまるで自分の子供のように可愛くて、休みの日はどこへ行くのも一緒でした。夕食後に私の膝の上で甘える太郎が愛おしくてなりませんでした。朝夕の散歩は、まさに至福の時間でした。

子供のいない寂しさを、太郎が忘れさせてくれたのでした。仕事の疲れも人間関係の煩わしさも、家に帰れば瞬時に忘れられました。太郎が飛びついて来て甘えるのです。

私達夫婦と太郎だけの幸せな歳月が8年も過ぎようとした頃です。夜中に苦しそうな太郎の鳴き声に気付いて私が見たものは、太郎の吐物の中の真っ赤な血でした。私の大声に、眠い目を擦りながら起きてきた主人も驚きを隠せませんでした。

翌日、私は午前中だけ休みをもらい、通勤途中の動物病院に太郎を連れて行きました。何の病気かは分かりませんでしたが、何とか助けたいと必死でした。

先生の話だと、鼻や呼吸器の異常の可能性も否定できないが、おそらくは消化器の病気で、もしかしたら胃潰瘍やがんの可能性が高いとのことでした。

その日は血液検査など簡単な検査をしただけでした。先生の勧めで、診断の検査のためと栄養剤の点滴のため、少しの間預かってもらうことになりました。太郎は、「クゥ~ン」と鳴きましたが、振り返らずに駐車場まで走りました。

その日は会社に電話し、午後も休ませて頂くことにしました。家に帰っても何をする気になれず、ただ茫然としていました。それでも虚ろな心で事の成り行きを主人にメールで知らせました。主人も驚いたようで、いつもより早く帰って来てくれました。「夕食は俺に任せろ!」と主人が夕食を作ってくれました。

翌日から、私は仕事帰りに必ず太郎の所に行きました。その度に私に抱きつき、頬を舐めました。帰ろうとすると、悲しそうに鳴きました。私は後ろ髪を引かれる思いで帰宅するのでした。

入院して数日後、獣医の先生から太郎の病気の件でお話ししたいとの電話があり、忙しい主人には帰ってから報告することにし、仕事帰りに私一人で行きました。太郎は、いつものようにとても嬉しそうでした。ですが、いつもと何か違う雰囲気を感じました。動きに精彩がなく、弱々しい眼付をしていたのです。

先生から告げられた病名は、胃の悪性腫瘍で、しかも末期とのことでした。

私は動物にも悪性腫瘍があるなどとは知りませんでしたし、先生の言葉に私は絶句し、次の瞬間頭の中が真っ白になりました。

次の日、ほとんど寝不足の状態で出勤しました。ですが太郎が頑張っているのに、私がこんなことでは駄目じゃないかと思いましたら涙が溢れてきました。仕事帰りに太郎の所に行き、朝、主人から預かったA4サイズの用紙を先生に渡しました。

その用紙の主旨は、主人がネットで調べた「高濃度ビタミンC点滴療法を先生にお願いしたい」というものでした。「分かりました。私はまだ行ったことのない治療法ですが、確かにその治療法を何かで読んだことがあります。完治は望めないと思いますが、出来るだけのことをさせて頂きます。完治は無理でも、延命は期待できるかも知れません」と前向きなご返事を頂きました。また、涙が出てきました。

先生は至急手配して下さり、二日後から「高濃度ビタミンC点滴」を開始してくださいました。

私の日常は、心に大きな穴が開いたようで、仕事のミスも出てしまう有様でした。「絶対大丈夫、太郎は良くなる」気が付けばいつも心の中で繰り返していました。主人が私の好物のメロンを買って来てくれたり、家事を手伝ってくれたり、私を慰め支えてくれました。主人の思いやりが私の唯一の救いでした。

仕事が終わると、真直ぐに太郎の所に向かいました。診療時間が過ぎても先生にお願いし、しばらく太郎に付き添っておりました。「高濃度ビタミンC点滴」のせいか、太郎は以前よりも元気に見えました。

ところがある日の晩太郎の所に行くと、先生からこう告げられました。

「ここ数日がやまですね!」

獣医の先生は悔しそうでした。しばらく太郎の傍におりましたが、診療時間もとっくに過ぎ、私は太郎に「頑張ってね!」と声を掛け、家路に向かいましたが涙止めどなく流れて、途中何度か道路の端に停車し顔を拭いました。帰宅し先に帰っていた主人の顔を見ると、押さえていた涙が溢れ出しました。訳を聞いたご主人も瞼を拭いながら言いました。

「最後の最後まで家族として、太郎を見守ってあげよう!」

それから2日後の昼過ぎに、秀子さんの職場に獣医の先生から電話が入りました。覚悟はしていましたが、電話を手渡そうとする同僚から、受話器を受け取ることが恐ろしくてなりませんでした。

奇跡は起こらず「太郎の命は数時間しか持たない」という獣医の先生の言葉に項垂れながら、「今から、お伺いいたします」と震える声で言いました。                 つづく

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