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創作の小部屋「函館物語」第13回

2022年04月07日

 創作の小部屋「函館物語」第13回

今日のつくばはとても暖かです。桜の花びらが、はらはらと散っています。桜が散るのは寂しい思いがしますが、季節は新緑へと向かっています。桜も含めて、今春の画像をアップしてみたいと思います。

しだれ桜です。親しい方から頂いたものです。 

モクレンの花です。青空に映えます。

近くの庁舎に咲いた桜です。

家からすぐ近くの人工池です。

幼い頃に良く釣りをした池です。

ロシアのウクライナ侵攻の問題は、世界の問題です。ロシアの戦争犯罪者が罰せられる日が来ないと、第2第3の乱暴国が必ず真似をします。そうなると、今度は欧米の核保有国も黙ってみてはいられなくなります。第3次世界大戦の火ぶたが切って降ろされると、その先には地球の滅亡が待っています。

  創作の小部屋「函館物語」第13回

第13章 査問委員会の当事者となって

3日前、函館ドック前で会った時、私は真知子さんへの想いを激白した。だがそれは、私の独り相撲ではなく、真知子さんの私へのそれも同じだった。私たちの愛に、いささかのブレもなかった。二人の進むべき道は完全に一致した。この先に如何なる苦難が待ち受けていようとも二人の愛の力で乗り越えていける筈だった。

しかし、どうしたことだろうか?真知子さんは、またバスに乗らなくなった。お互いの気持ちに疑う余地はなかった筈だ。真知子さんは、何に悩んでいるのだろう?何に苦しんでいるのだろう?なぜ、私に打ち明けてくれないのだろうか?

ここしばらく、朝起きてから四六時中、そのことばかりを考えていた。

ある日、その日の最初の胃部レントゲン検査の患者は60代後半と思しき女性だった。女性は見るからに上品そうで、少しやせ形だった。消化器内科医の指示で、胃潰瘍の疑いとのこと。私はいつものように撮影を始める前に自分の名前を告げ、検査上の簡単な注意を説明した。私の話が終えると、看護婦が一時的に胃の動きを止める筋肉注射をし、少しして私は撮影を開始した。

順調に撮影は進んだ。胃底部の噴門近くに潰瘍らしい病巣が見られた。私はその部位を通常より数枚余計に撮った。更に、別の部位を撮ろうとした私は、撮影台の傾斜を、患者の体が多少逆さになるような位置にして撮影をした。撮影台を元の位置に下げ、続いてスポット撮影をしようとした瞬間だった。患者の女性はいきなり体制を崩し、撮影台から床に転げ落ちた。

私は慌てて駆け寄ったが、患者は意識を失っていた。近くにいた看護婦は脈をとり血圧を測定してくれた。私は焦りながらも、主治医の医師に連絡をした。僅か数分だったと思うが、私には何時間にも長く感じられた。医師の呼びかけに、患者は間もなく意識を取り戻したが、頭部外傷が疑われ入院することとなった。

このとき内科の医師は、「一過性の脳貧血からの転倒による頭部打撲」との診断を下した。

この件については即座に、院長始め事務長など幹部には知れ渡った。当院には「安全管理対策委員会」があり、この委員会には、副院長を始め各診療科の部長や検査科・放射線科・栄養科等の責任者が集う。「安全管理対策委員会」はその日の夕刻に開催された。今回は特に、私と現場にいた看護婦が招集された。

途中、司会役の内科部長が私に質問した。

「この患者の胃部レントゲンの撮影した高橋君、自分では過失があったとか、配慮が欠けていたとかの認識はなかったか?当時の状況を説明したまえ」

私は、こういう会議には不慣れだ。ましてや、会議は私への『査問委員会』の様相を呈している。真っすぐに内科部長に視線を向け、興奮から上ずった声で返事をした。

「今回の患者さんに対して、特に普段と異なる行動をとったということはありません。患者さんは、ご高齢で、少しやせていましたので、ゆっくり撮影しました。格別普段と違うのはその辺だけです。胃低部噴門近くに潰瘍の病変が見られましたが、他には特に気が付いたこともありません。ただ私の担当した患者さんということで、とても残念に思っています」

それだけをやっと話した。続いて、内科部長は看護婦に質問した。

「患者さんに筋肉注射をしながら気付いたことなどはなかったか?それから、高橋君の撮影時の行動に何か不自然なこととか特に気になったことなどなかったか?」

看護婦はこの道30年以上のベテランで、院内で知らないものはない。ただ、准看護婦なので婦長とかの役職はない。

「私が筋肉注射をしたときは、少しやせた感じであまり体力のない方のような気が致しました。顔色ですが、濃い目のお化粧をされておりましたので良く分かりませんでした。ですが、こういう高齢者の方は珍しくなく、今までも多くの方が、何事もなく撮影を無事終えておりました。ですので、私は看護婦の立場からも特に心配はしておりませんでした。

高橋技師は、自己紹介をし、撮影時の注意を丁寧にお話しされ、操作も普段より優しく行っていました。今回の事故は、私の個人的な意見と致しましては、当院には落ち度はなかったと思われます」

最後に脳外科医師の診断上の意見が付け加えられた。

「病名は急性硬膜下血腫であるが、軽症であり手術の必要はない。数日入院させて様子を見たい」

委員会は、脳外科医の診断に安心し、また准看護婦の意見に納得したのか、私への「注意義務違反」等の過失はないと結論づけた。

会議の後、技師長と私は、その日のうちに女性の部屋を見舞った。ベットの中の女性は眠っていた。傍の椅子には、配偶者とみられる男性と娘さんと思われる女性がいた。男性は静かな口調ではあったが、私たちに向けてこう言った。

「今回の私の妻の怪我は、医療事故だと私は考えている。明日にでも、こちらから責任者の方に事情を聴きに来るつもりだ。その時は、正直に話してくれ」

いかにもこの私に一方的な過失があったかのような言い方をした。技師長と私は「どうかお大事にして下さい」とだけ告げて早々に退室した。

廊下から部署に戻る途中、技師長は気にすることはないと私を励ましてくれた。だが正直、私は朝から真知子さんのことを考え、落ち込んでいた。私は不安だった。集中力を切らすことなく、充分な配慮を患者に向けていたと自分自身に対し自信をもって言いきれるのかと。

その二日後の昼過ぎ、技師長あて院長秘書から電話が入った。院長が、技師長と私を呼んでいるという。技師長と私は急いで院長室に向かった。ノックして入った部屋の中には、先日のレントゲン台から落ちた高齢の女性の夫という男性と娘と思われる女性がソファーに座っていた。

私と技師長は、二人に向かって頭を下げながら丁寧に詫びた。詫びたというのは、自分たちに過失があったという意味ではなく、例え落度はなくともこのような予期せぬ事態を招いた当事者であることに対しての詫びであった。

女性の夫という男がコーヒーを一口飲んでから言葉を発した。

「私は、北海道議会議員の成田です。今回の妻の一件は、直接担当されたレントゲン技師の方に責任があると思っています。それで、今日は院長先生の前で、真実を話していただこうと思ってやって来ました。技師の方は、この件についてどうお考えですか?」

すかさず、技師長が答えてくれた。

「この度の奥様のお怪我に対し、心よりお見舞いを申し上げます。一日も早く快復されることを願っております。今回の事故につきましてですが、私どもは日々患者さんに対し、細心の注意を払いながら、患者さんへの的確な診断のお役に立つため、医師の指示に従い可能な限り丁寧な仕事をしております。奥様には大変お気の毒な事でしたが、通常の検査中に貧血を起こされたことが原因と認識しております」

今度は娘と思われる女性が、やや感情的になって口を開いた。

「今まで、家の中の掃除など家事を一人でこなせるほど、母は丈夫だったのです。その母が、胃のレントゲン中に撮影台から落ちたということは、技師の方の操作に重大な誤りがあったとしか思えません。単なる貧血による転倒での怪我、で終わらせる訳にはまいりません。貴院の方で、非を認めて下さらないのであれば、残念ですが訴訟に頼る以外はありません。明日にでも弁護士の先生の所に伺う所存です」

院長は困惑した顔を成田議員に向けて言った。

「成田先生、いつもお世話になっておりながら、この度は奥様に大変不幸な出来事が当院内で起きましたこと、誠に遺憾に思っております。一日も早いご快復を願い、奥様専属の医療チームが昼夜を問わず精一杯務めさせていただいておりますので、どうか穏便にお願いいたします。もちろん、治療費等は結構でございます」

院長の言葉を聞いた成田議員は「今日の所は、ご挨拶ということで」と言いながら娘と共に院長室から出ていった。

後に残った技師長と私に向かって院長は言った。

「大丈夫だから、私に任せておきなさい。このことで職員が仕事で気後れするようなことがあったのでは、この病院の未来はない。職員の皆は頑張って働いてくれればいい。万が一何かトラブルがあった時は、私が責任をもって対処する。だから、何も心配せずに明日からまた頑張って欲しい!」

院長室を出て職場に戻ると、技師長は涙を流した。技師長が言うには、前職の病院で技師長自身が同じようなトラブルに遭ったそうだ。その時誰も味方になってはくれず、四面楚歌状態だったという。技師長は独りさみしく辞表を出したのだそうだ。私も院長の言葉に、この人のためにも頑張らなくてはと心に誓った。

真知子さんとのこと、父の入院のこと、撮影中の患者さんの怪我のこと、私は多くのストレスを抱えて辛かった。せめて真知子さんから「私がいるから大丈夫!」とでも、一言って貰えたらこんなストレスは、簡単に吹き飛ばせた筈だ。

世の中、思うようにはならない。今ごろ、真知子さんは涙を流してはいないかと私は案じた。

   砂山の砂に腹這ひ 初恋の いたみを遠くおもひ出づる日 (啄木)

恋とは、人を愛するとは、何と辛いものなのだろう。真知子さんと私は心で結ばれている。そう思ってはみても、切ない気持ちは深まるばかりだった。         つづく

 

       ※アイキャッチ画像はSAMさん撮影のものです。

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